日本の「腐ったメンタルヘルスケア」を変えることはできるのか

文=みわよしこ
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精神医療から「日本」を変える方法はあるのか?

 陽さんのたどった運命には、精神医療に限らず、日本の抱える数多くの問題が投影されている。

 いったん開始された薬物療法は、なかなか方針転換されにくい。効果がなければその薬剤の増量や新しい薬剤追加が行われ、副反応が現れれば副反応対策の薬物が追加される。大胆な方針転換や減薬は、患者自身のために行われる場合もあるが、医師間の対立などの「政治」の現れである場合もある。気がつくと、多数の薬剤による一貫性のない刺激によって、心身ともにダメージを受けていることもある。

 入院治療も同様である。特に、強制入院(措置入院および医療保護入院)・身体拘束・保護室への隔離といった強制医療は、いったん開始されると解除されにくい。精神科入院患者を指す「固定資産」という用語は、このことを象徴している。いったん強制入院の対象とした患者、あるいは任意入院の後に強制入院の対象とした患者は、わざわざ退院させない限り、入院させ続けておくことが可能だ。長期入院への風当たりが強くなった現在も、精神科病院と同一法人が経営する施設やグループホームに“退院”させれば、患者は「固定資産」のままである。必要に応じて、病院に入院させることもできる。

 とはいえ、変化が導入されないわけではない。たとえば、西欧や米国で危険な副反応が多数報告されて販売しにくくなった向精神薬が、まさにその時期に日本で認可されたりする。うつ病の薬としての評判が下がってくると、適用範囲が社会不安障害などへと拡大されたりする。そして、危険な副反応に対する警告や使用制限は、他の先進国よりも10年ほど遅れて発出されることがある。

 まるで、かっぱえびせんの往年のキャッチフレーズ「やめられない、止まらない」のような前例踏襲主義、あるいは「現状維持をやめられない病気」が存在しているかのようだ。そこに「患者の声を聞かない病気」「患者になる可能性が常にある一般市民の利益を最優先しない病気」が重なっている。この状況は、継続されているだけで既得権を生み出す。既得権との対立は、実質的に内乱や戦争のようなものとなるであろう。その既得権が明確に社会悪であるとしても、全く勝ち目のない状況で対立しつづけることは有効なのだろうか? 筆者自身、何が正解なのか、何が正解にたどりつく道でありうるのか、悶々と悩み続けている。しかしそれは、筆者が日本で生まれ育ち、日本社会に浸りきってしまっているからかもしれない。

 2017年5月、身体拘束に関連して亡くなったケリー・サベジさんの母であるマーサ・サベジさんは、ドキュメンタリー「Death Bed」の中で、「日本のメンタルヘルスケアシステムは、ただ、どうしようもなく腐っています」と述べている。この「腐っている」という表現は、日本国外に生活基盤を持つ日本人からも、しばしば聞かれる。国外でたくましく生きていける日本人は、日本の精神医療との接点を持っていないことが多い。身体疾患に関しては、日本の医療アクセスは世界に誇るべきものである。その人々は、「きっと精神医療も素晴らしいのだろう」と期待しつつ、軽い気持ちで筆者に尋ね、想像を絶する実情の数々に驚き呆れ、「なにそれ? 腐ってる!」と叫ぶのだ。そのたびに痛感する。たぶん、私の目の前で「腐ってる!」と叫んでいる人は、平然と話せる私よりも“人間“だ。

 腐敗の実態が、他ならぬ利害関係者自身によって示されることもある。たとえば日本精神科病院協会会長の山崎学氏は、安倍前首相と親密な関係にあることを隠さず、共に飲んで肩を抱き合う姿を自身のフェイスブックアカウントで公開した。さらに、精神科医らによる安倍前首相の後援会「晋精会」も存在した。

 安倍前首相が特別なのではない。戦後メンタルヘルス政策は一貫して、政治と精神科病院関係者の利害が一致する中に存在し続けてきた。精神医療業界と政府・政権がこのように密接な関係にある国で、精神医療や精神科病院の中の状況をモニタリングして人権侵害を抑止することは、原理的に不可能なのだ。日本で生まれ育ち、暮らしつづけている人々の多くにとっては、その中で「せめて自分や自分の家族が害されないように」「少しはマシな選択肢が出来て、選べますように」と願い、そのための努力を重ねるのが精一杯である。しかし、息子であり弟であるケリー・サベジさんを失った母マーサさん・兄パトリックさんは、状況そのものへの驚きを隠さない。長文の記事「Death Bed」をまとめたニュージーランド国営放送局の記者たちも同様だ。

 世界のどこにも、狼男を撃つ銀の弾のようなものは存在しないだろう。しかし、現在の日本のありようへの違和感を自らなだめず、「なんだか変じゃない?」と小さな声にしてみることは、おそらく、誰にでも出来る。

 地球物理学者として日本との縁を大切にしてきたマーサ・サベジさん、そして日本の大学で研究と教育に従事するパトリック・サベジさんは、日本は“外圧”によってしか動けないことを認識し、外国人である自らの立場を生かして「外圧」の一部となり、ケリーさんの命を奪った日本の精神医療を変えるための取り組みを続けている。マーサ・サベジさんは、日本の長谷川利夫氏(杏林大学)を含む5人の研究者と国際共同研究を行い、太平洋周辺の4ヶ国の精神医療における身体拘束を国際比較した論文を2020年12月に発表したばかりだ。現状は深刻であり、本質的な変化を及ぼすことは不可能そうに見えるけれども、日本人に何もできないわけはない。

 2020年から2021年にかけての年末年始、コロナ禍の影響のもとにある精神科病院の中で、約1万人が身体拘束を受けており、同じく約1万人が保護室に隔離されているはずだ。延べ約2万人の多くには、家族をはじめとする大切な人々がいるはずだ。そして、年末年始に医療体制が手薄になる中で、入院している家族の一大事を突然知らされるロシアン・ルーレットのような現実は、この年末年始も存在し続けている。

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