フェミニズム本のブームが続くいま、2021年に翻訳が期待されるジェンダー関連本

文=北村紗衣

連載 2021.01.10 18:00

GettyImagesより

 ここ数年、フェミニズム関係の本は人気を博すようになっており、海外の書籍が続々紹介されています。韓国文学をはじめとするフェミニズム系の文学作品は相変わらず人気がありますし、文学作品以外でも、2020年はシンジア・アルッザ、 ティティ・バタチャーリャ、ナンシー・フレイザーの『99%のためのフェミニズム宣言』(惠愛由訳、人文書院)やキャロライン・クリアド=ペレスの『存在しない女たち――男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(神崎朗子訳、河出書房新社、これは私が書評も書いています)など、フェミニズム関係の重要な英語の本が日本語に翻訳されました。

 2021年最初の連載となる今回の記事では、2021年に翻訳が期待されるジェンダー関係の英語のおすすめ本を3冊、選んで紹介しようと思います。

デボラ・キャメロン『フェミニズム――思想、議論、政治運動入門』

Deborah Cameron,  Feminism: A Brief Introduction to the Ideas, Debates, and Politics of the Movement, University of Chicago Press, 2019.

 150ページくらいしかないとても短い本ですが、西洋、とくに英語圏のフェミニズムについて、ごく基本的なところから最新のトピックまでをカバーした入門書です。これ一冊読めばフェミニズムに関する基礎的なポイントはだいたい押さえられるかと思います。

 序論ではフェミニズムとは何かに関して簡単なまとめを行った後、「支配」、「権利」、「仕事」、「女性らしさ」、「セックス」、「文化」、「断層と未来」の7つのテーマに沿ってこれまでの研究や運動を押さえています。トランス差別や#MeTooなどここ数年の話題にもきちんと触れており、現時点ではほぼ最新の知識まで提供してくれる本だと言ってよいでしょう。

 著者はオクスフォード大学の教員でフェミニズム言語学の研究者であり、一般書や一般向けの講演もたくさん手掛けているデボラ・キャメロンです。一般向けのメディアで書くことに慣れた研究者の著作であるため、学術的にきちんと主要なトピックをカバーする一方、できるだけわかりやすく読みやすい文章になるよう心がけて作られています。

 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』(くぼたのぞみ訳、河出書房新社、2017)の話題から始まり、「支配」の章ではナオミ・オルダーマンの『パワー』(安原和見訳、河出書房新社、2018)が、「文化」の章では2016年のリメイク版『ゴーストバスターズ』がインターネット上で受けた攻撃の話が出てくるなど、文学や映画をはじめとするポピュラーカルチャーの動向もきちんと押さえています。

 おそらくは大学の1年生などが教科書として使うことを想定していると思われ、非常に短いのでちょっと物足りないと思う人もいるかもしれません。それぞれのトピックについてさらに知りたいという人は、この本で触れられている研究とか作品を直接見ていけばより知識が深まるかと思います。大学で教えている研究者としては、こういうすぐ教科書として使える本は日本語に翻訳されてほしいですし、一般読者にとっても役立つ本だろうと思います。

サラ・クーパー『男性の気持ちを傷つけずに成功する方法』

Sarah Cooper, How to Be Successful Without Hurting Men’s Feelings, Square Peg, 2018.

 真面目な入門書からうってかわって、こちらはジャマイカ系アメリカ人のコメディアンであるサラ・クーパーが書いたユーモア本です。クーパーの前作『会議でスマートに見せる100の方法』(ビジネスあるある研究会訳、早川書房、2016)は日本語に翻訳されており、Netflixで『サラ・クーパーのすべて順調』も配信されているので、著者名を聞いたことがあるという方もおられるかもしれません。

 ビジネスハウツー本のようなタイトルですが、内容はビジネス、とくにアメリカのテクノロジー業界で「男性」の気持ちを傷つけずに成功するにはどうしたらよいかというテーマの陰に隠れて、ビジネスの世界がいかに白人男性中心的かをユーモア満載で皮肉ったものになっています。ほとんどは女性の視点から書かれていますが、セクシュアルマイノリティや非白人、非キリスト教徒の男性視点のジョークも少しだけ入ってます。

 コメディアンが書いているだけあって、抱腹絶倒の内容です。私はこの本が主に描いているアメリカのテクノロジー業界については全く詳しくないのですが、あまり事情をよく知らなくても笑えるところがたくさんあります。

 同じような内容の発言をしても男性は褒めてもらえるのに女性だと怖いと受け取られるということをベースに、いろいろなあるある事例に関するジョークを繰り出していきます。ビジネスの場では女性が男性から怖がられないように行動すると扱いやすい労働力として無視されるし、一方で正直に自分の有能さをアピールすると感じが悪いと敬遠されるので、いずれにせよ女性は成功できません。このため、この本では女性はより職場で男の人扱いしてもらえるよう、付けヒゲをつけることが解決策のひとつとしてすすめられています(ここは笑うところです)。

 アメリカンジョークが辛辣な作品ですが、同系統のユーモアあふれる職場マニュアルであるジェシカ・ベネット『フェミニスト・ファイト・クラブ』(岩田佳代子訳、海と月社、2018)も翻訳されているので、こちらの本も是非日本語で読めるようになってほしいものです。

ルース・ベン=ギアット『強い男たち――彼らはどのように頭角を現し、どのように成功し、どのように転げ落ちるのか』

Ruth Ben-Ghiat, Strongmen: How They Rise, How They Succeed, How They Fall, Profile Books, 2020.

 最後に紹介するのは3冊の中でも一番最近刊行された、一番タフな本です。著者のルース・ベン=ギアットは歴史学の研究者で、主にイタリアのファシズムが専門です。

 この本は比較史学の観点から、ムッソリーニやヒトラーといった第二次世界大戦期の独裁者からシルヴィオ・ベルルスコーニやドナルド・トランプなど最近の政治家まで、「強い男」というペルソナを売りにする専制的で非民主的な男性政治家たちの手法を比較検討した著作です。最近盛んになっている「男らしさ」の研究と政治史研究が切り結ぶところで生まれたエキサイティングな成果と言えるでしょう。

 この本では、20世紀半ばから21世紀初頭くらいまでの専制的な男性政治家たちの政治戦略は1920年代頃に生まれた権威主義的な独裁者たちの手法を再利用しているということを指摘する一方、それぞれの違いにも言及しており、しっかりした知識のある研究者らしい比較検討が行われています。権威主義的な政治が、所謂伝統的な「男らしさ」を崇拝し、その基準から外れるものを抑圧する傾向と結びつきやすいことが鮮やかに論じられています。

 21世紀のポピュリズムや専制政治について、なんとなく第二次世界大戦期のファシズムに似ているような気がするけれども、やたらとヒトラーを持ち出すだけで何か言った気になるのは安直にすぎるし……と思っているような人には是非おすすめしたい本です。

 350ページ以上ある学術書ですが、最初に「主人公一覧」(本で扱われている政治家たちの簡単なプロフィール紹介)がついているなど、研究者ではない一般読者でも理解しやすいように書かれており、テーマも今日的で、この手の大著としては読みやすいほうだと思います。

 男性政治家を扱った政治史の本なので、通常のフェミニズムの本とはだいぶ異なっていますが、いわゆる「有害な男性性」を通して歴史を考えるという点で、実はかなり王道のジェンダー史研究と言えると思います。ドナルド・トランプが当選して以来、スティーヴン・グリーンブラットの『暴君――シェイクスピアの政治学』(河合祥一郎訳、岩波新書、2020)などをはじめとしてアメリカのさまざまな研究者が独裁政治に関する著作を上梓しています。その中でもこの本は、トランプが落選後に自分に支持者を扇動してアメリカ議会が占拠されるような事態になり、新型コロナウイルスの感染防止対策とジェンダーの問題が取り沙汰される中で読むにはふさわしいと言えるでしょう。

北村紗衣

2021.1.10 18:00

北海道士別市出身。東京大学で学士号・修士号取得後、キングズ・カレッジ・ロンドンでPhDを取得。武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。専門はシェイクスピア・舞台芸術史・フェミニスト批評。

twitter:@Cristoforou

ブログ:Commentarius Saevus

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