独立の前田敦子「女優として名を残したい」「忙しくて育児と両立できない」という悩みの板挟み

文=wezzy編集部
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前田敦子Instagramより

 昨年12月22日に14年間在籍した太田プロダクション退所し、1月1日からは「Office MAEDA ATSUKO」をスタートさせた俳優・前田敦子。1月7日には3年4カ月ぶりにTwitterを更新し、新しい機能に悪戦苦闘しながら<まだ使い方が全然わかりません笑 昨年末にiPadをゲットして、日々新しい技を教えていただき、習得中です。アナログ人間なので、、頑張ります>と挨拶した。

 秋元康にスターの原石として見出され、一時はアイドル界の頂点に君臨した前田敦子。だが、そんな彼女が今、目指している道は“満島ひかり”だと「女性セブン」2021年1月21日号(小学館)が報じている。

 そもそも、前田はなぜ太田プロを退所したのか。彼女は自身のInstagramに<デビューしてからお世話になって来た事務所を辞めて、自分で歩いてみようと決心しました><不満があったわけではなかったので、その想いを伝えて理解してもらいました>と、円満退社であることを綴っている。

 不満があったわけではなかったとしつつ、昨年12月には「NEWSポストセブン」が前田の悩みを報じていた。前田は育児をしながら自分のペースで仕事をしたかったそうだが、事務所がどんどん仕事をとってくることから「忙しすぎて子育てと両立できない」との不満を漏らしていたという。

 また「週刊文春」12月31日・1月7日号(週刊文春)では、前田のやり方に事務所の幹部は激怒したものの、AKB総合プロデューサー・秋元康の「辞めさせてやれよ」との一言で、事務所は退所を許可したとあった。

 前田と事務所の間でいざこざはあったものの、話し合いによって最終的に円満退所と発表する運びになったということなのだろうか。本人は育児と仕事をバランスよく両立させたいが、事務所は仕事を入れたがるーーこれはオスカープロモーションの看板女優である武井咲のケースとも似ている。

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独立の前田敦子「女優として名を残したい」「忙しくて育児と両立できない」という悩みの板挟みの画像2 ウェジー 2021.01.07

前田敦子と満島ひかり『ど根性ガエル』での縁

 新しい道を歩き出した前田敦子はどのような方向に進むのか。前出の「女性セブン」によると、前田には“女優として名を残したい”という強い思いがあるという。前田は当時14歳であったAKB48のオーディション当時から、「いずれは女優になりたい」と宣言していたことは有名だ。

 そんな前田が独立後のパートナーとして選んだには、2018年に所属事務所を辞めフリーとして活躍する満島ひかりの窓口になっているAさんだそうだ。「女性セブン」では、満島はアイドルから実力派俳優に転身したひとりであり、前田は満島に憧れを抱いていると芸能関係者が証言している。

 満島は独立したことで自分のペースで仕事をできていると明かしており、前田が育児と仕事の両立で悩んでいたのであれば、こうした面でも満島の環境に憧れを持ったのかもしれない。

 ただ、ネット上の反応はと言うと、「前田敦子が満島ひかりになるのは無理」など厳しい意見も少なくない。前田と満島と言えば、2015年に放送されたドラマ『ど根性ガエル』(日本テレビ系)で、前田はヒロイン役、満島はCGのぴょん吉の声として共演したが、同じアイドル出身ということもあり「声だけでも前田敦子より満島ひかりの方が断然上手い」などと比較される羽目になったことがあったからだ。

 とはいえ、あれから5年が経過し、前田は順調に俳優としてのキャリアを積んでいる。私生活では夫の勝地涼との別居を報じられてもいるが、仕事と子育てどちらも彼女なりのペースで続けられる落ち着いた環境を手に入れて欲しい。

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