まかれた種は今につながっている
『冬の蕾』というタイトルは、1946年の冬に蕾として姿を現した女性の権利が、その後の日本社会の中で花開いていく姿をイメージしているのだろう。作中では、戦後の日本初の総選挙での39名の女性議員の誕生や、総選挙後に女性議員も加わって行われた憲法改正特別委員会での様子に、咲きほこる花の絵が重ねられている。
戦後の日本で、この憲法24条がどのように受け止められたのかを示すひとつの歌がある。
守屋浩歌唱、服部逸郎作詞の「二十四条知ってるかい」だ。ジャジーで軽快な曲に合わせ、若い男性が父親に向けて「結婚というのは両性の合意によって決まるのさ。知らないの? これが憲法24条だよ」と歌う内容だ。
小学生の頃にこの歌を歌っていたという元最高裁判事の山浦善樹氏は、2016年の選択的夫婦別姓をめぐる最高裁判決で、夫婦同姓を違憲と判断し、国の賠償責任を認めた。彼は朝日新聞社の取材に対し、この曲を引き合いに出し、「戦前と違って、戦後の僕らの時代の結婚は、どんな問題も二人だけで決めていくんだ、と思ったもんですよ。憲法は、結婚する二人の希望で、同姓でも別姓でも、自由に選べる寛容な心を持っている。『別姓を認めないこと』を求めているとは考えられない」と答えている(朝日新聞:2016年記事より)。
ほとんど偶然と呼んでいい形で、ベアテが憲法に記した精神は、歌謡曲に刻まれ、それを聞いた子どもの心に根を下ろしていたのだ。
『冬の蕾』を読むと、ベアテが当時戦ったものと、私たちが今戦っているものにほとんど変化がないことに驚いてしまう。その一方で、ベアテの戦いが人権にまつわる連帯をもたらし、そのつながりが今も連綿と続いていることを実感させてくれる。
本作はまるでドキュメンタリー作品のような、極めて淡々とした演出と構成を取っていて、ベアテが当時感じたであろう高揚や怒りの描写も極めて控えめだ。しかし、その描写がこの偉業を「特別な能力を持った人間がもたらしたドラマチックな出来事」とすることを防いでいる。彼女は、自分のいた場所で、できる範囲のことを、理想に従って行ったのだ。連帯と呼ばれるものは、しばしばそうした個々人のやれる範囲の努力の中で姿を表す。
本作の最終ページは角田由紀子弁護士が2000年に語った「わたしはあとから来る女性たちそしてもちろん男性たちにもより人間らしい生が実現できるようそういう社会を手渡していきたいと今日あらためて思っています」という言葉で終わる。
極めて生真面目なこの最後のページを読むと、樹村がベアテや角田氏から受け取った連帯のバトンを、自身の取りうる方法で正面から表現する気概を感じ、いつも胸が熱くなる。
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▼参考書籍
『1945年のクリスマス 日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝』
『ベアテ・シロタと日本国憲法――父と娘の物語(岩波ブックレット)』
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