菅首相もデヴィ夫人も「正常性バイアス」にとらわれてしまった? コロナ禍で台頭する不安心理

文=加谷珪一
【この記事のキーワード】
菅首相もデヴィ夫人も「正常性バイアス」にとらわれてしまった? コロナ禍で台頭する不安心理の画像1

GettyImagesより

 タレントのデヴィ夫人が、2020年の大晦日に盛大なパーティーをしていたことをめぐって、テレビ番組内で大激論となった。2度目となる緊急事態宣言が発令される中、世の中ではコロナを過度に恐れる必要はないという意見と、コロナが怖いという意見の対立が激しくなっているが、実はどちらの心理メカニズムも似たようなものであり、背景にあるのは、同じ「恐怖心」である。

自意識が高ければ感染しない?

 デヴィ夫人ことデヴィ・スカルノさんは、昨年の大晦日に90人ほどが参加する大きなパーティーを主催した。会場ではオペラ歌手やダンサーがパフォーマンスを披露するなど盛大なものだったという。

 1月10日放送の『サンデージャポン』(TBS系)に出演したデヴィ夫人は、パーティーを主催した理由を問われ、「私はこういう時期だからこそ、勇気を持って開催した」「私たちのような人間がこういうことをして、そしてお金が回って、みんなが幸せになるっていうか。やっぱり自粛自粛自粛で全てを止めてしまえば、本当に経済が破綻してしまうと思うんですよ」と開催の意図について説明した。

 これに対して、同じく番組にリモート出演していた杉村太蔵さんが「こういったパーティーをやることによって感染拡大がいつまでも止まらない」と述べようとすると、デヴィ夫人は杉村さんの言葉を遮り「お言葉ですけれど、私のパーティーは10日前です。誰も感染していません」と反論。さらに、2020年に5回ほどチャリティーイベントを開催したが「そこでも感染者は誰も出ていません」と感染者が出なかったことを強調した。

 デヴィ夫人の怒りは収まらず、続けて「私のパーティーにいらした方は、みなさん自意識が高い。みなさん緊張感を持って自覚しています」「『感染しない・感染させない』っていうのが合言葉になっています」と主張。世間一般の感染者には「20代、30代が多く、パーティーの参加者とは層が違う」「若い方たちも緊張感を持っていただきたい」と、逆に若者の行動に問題があるとして、若年層に自重するよう求めた(ちなみに、30代以下の新規感染は東京都では現時点で約56%)。

 杉村氏は「結果論として感染しなかったという議論は成り立たないのではないか」と反論したものの、デヴィ夫人は聞く耳を持たなかった。

 政府は1月7日、2度目となる緊急事態宣言の発令に踏み切ったが、前回と比較すると、街中の人出も多く、自粛ムードは薄い。デヴィ夫人はかなり極端な部類に入るかもしれないが、感染拡大という現実を前にして「コロナを過度に恐れる必要はない」「経済を回さないと逆に死者が増える」「日本経済が破綻する」など、厳しいコロナ対策の実施に反発する声は日増しに大きくなっている。

経済とコロナ対策を両立させる唯一の方法はもはや選択できない

 経済学的に見た場合、感染症と経済の関係については過去の事例からほぼ結論は得られている。経済が好調ということは、人の移動が多いということであり、人の移動が増えると感染はどうしても拡大してしまう。感染拡大と経済成長は基本的に相容れない(デジタル化など、同じ取引を非対面にシフトできれば話は別だが、全員を非対面にはシフトできない)関係だが、ひとつだけ例外がある。

 感染を封じ込めるには、人の移動を制限する必要があるが、感染の初期段階で徹底的な封じ込めに成功すれば、対策が短期間で済むので、結果として感染は拡大せず、経済も順調に推移する。

 つまり、現時点において経済と感染防止を両立する方法は、できるだけ早いタイミングで封じ込めを行い、感染が抑制された後はすみやかに経済を元に戻すということしかない。

 だが日本の場合、感染拡大が顕著になっている時期にGoToトラベルを実施してしまい、しかも感染拡大が止められなくなってから発令された今回の緊急事態宣言では、休業要請の対象が飲食店に限定されているため制限が緩い。遅いタイミングで緩い対策を実施するという話になるので、多くの感染症専門家が指摘するようにほとんど効果は発揮しないだろう。

 結果として、経済か感染かという不毛な議論は今後も継続する可能性が高いのだが、感染者数が増加して事態が深刻になるにつれて「コロナなど大したことはない」という意見もさらに強まると予想される。その理由は、こうした強気スタンスの背景には、無自覚的な「恐怖」のメカニズムが作用している可能性が高いからである。

菅首相にも正常性バイアスが作用していた?

 以前、このコラムにおいて、日本人は新型コロナウイルスに感染するのは自業自得と考える傾向が著しく強いという調査結果を紹介したことがある。「私たちは自意識が高いので感染しない=自意識が低い人は感染する」というデヴィ夫人の発言はその典型例だが、こうした心理の背景となっているのは「公正世界仮説」である。

日本人はなぜ、コロナ感染を「自業自得」と考えるのか? 感染者を萎縮させるバッシングの心理

 新型コロナウイルスの感染について、日本人は自業自得であると考える傾向が強いという調査結果が明らかとなった。日本では感染者をバッシングする動きが一部で見…

菅首相もデヴィ夫人も「正常性バイアス」にとらわれてしまった? コロナ禍で台頭する不安心理の画像2
菅首相もデヴィ夫人も「正常性バイアス」にとらわれてしまった? コロナ禍で台頭する不安心理の画像3 ウェジー 2020.08.21

 公正世界仮説というのは、社会は本来、安全で公正なものであるとの考え方で、この価値観が強すぎる人は、想定外の事態が発生すると、自身の価値観を維持しようとするあまり、被害者に責任があると考える傾向が強くなってしまう。「コロナはただの風邪に過ぎない」という勇ましい意見も、背景には、世界が安全であって欲しいという強い思いと、それが実現できない事に対する苛立ちや不安心理がある。

 社会心理学でよく用いられる正常性バイアスも同じようなものだろう。正常性バイアスとは、人間が予期しない事態に遭遇した際、「ありえない」という先入観や偏見(バイアス)が働き、起きている出来事は正常の範囲だと誤認識してしまうメカニズムのことを指す。

 このバイアスも、心の中の恐怖感が制御できないことによって引き起こされる。正常性バイアスにとらわれてしまうと、厳しい措置を使って感染を封じ込めた方がよいという意見を持つ人に対しては、逆に「パニックを起こしている」と認識してしまうので、対話が困難になるという問題がある。

 緊急事態宣言の発令に際して、報道番組に出演した菅義偉首相が「仮定のことは考えない」と発言したことが批判されているが、これも似たようなメカニズムかもしれない。

 菅氏は1月8日、テレビ朝日の報道番組『報道ステーション』に出演し、コロナ対策について説明を行った。ところが菅氏は「(緊急事態宣言の)成果が十分に出なかった場合、対象の拡大や厳しい措置があり得るのか」という質問に対し、「仮定のことは考えない」と発言してしまった。今後について不用意に発言し、言質を取られることを回避したかったのかもしれないが、国民がもっとも知りたがっている話題であることは菅氏が誰よりも理解していたはずである。こうした状況を考え合わせると、菅氏にも正常性バイアスがかかっていた可能性が否定できない。

不安心理の台頭で予想されること

 こうした心理メカニズムは以前から認識されており、緊急事態が発生した際の対策というのは、このメカニズムが存在することを前提に組み立てる必要がある。具体的には、政治指導者が現実の厳しさ国民に強く訴えかけた上で、どのようにすればこれを克服できるのか、そして克服のためには、どの程度の痛みに耐える必要があるのかについて明確な説明を行い、必要な財源を確保するという流れになる。

 残念なことに日本の政治指導者にはこうした感覚が欠如しており、先ほどの菅氏の発言からも分かるように、リーダー自身が正常性バイアスにとらわれている可能性もある。この状況では、政治による強いリーダーシップは期待できないと考えた方がよいだろう。結果として国民の潜在的な不安心理はさらに高まり、無自覚的な恐怖心から、一部の人はさらに「大したことはない」と強く主張する可能性が高まってくる。

 結局のところ私たちは、自分で自分の身を守るしかないが、この状況下においては、可能な限り、他人との接触を回避するしか方法はない。仮に出勤が必要な場合でも、できるだけ電車が空いている時間に変更できないか検討した方がよいだろうし、手洗いや消毒を徹底すれば、その分だけ感染確率は下がる。

 お金を稼がなければ生きていけないので、完全にテレワークができる人以外は、仕事での外出は避けて通れない。その中でいかに感染確率を下げられるのかについて真剣に考える必要があるだろう。

「菅首相もデヴィ夫人も「正常性バイアス」にとらわれてしまった? コロナ禍で台頭する不安心理」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。