「これはフェミニズム映画ですか?」と世界中で聞かれた…生殖の権利と伝統・宗教の間で悩むチベット女性を描いた映画『羊飼いと風船』監督インタビュー

文=此花わか
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©2019 Factory Gate Films. All Rights Reserved.

 この10年、中国映画界では「チベットヌーヴェル・ヴァーグ」が起きている。そのきっかけを作ったのは1969年生まれのチベット人、ペマ・ツェテン監督だ。チベット語と中国語の2言語で小説を発表し続けながら、映画監督としても活動するツェテン監督は、2005年の『静かなるマニ石』で世界中から注目を集めた。なぜなら、それはチベット人の制作者とキャスト、チベット言語だけで作った純粋なチベット映画の先駆けだったからだ。

 電気がやっと通った山村に住む10歳の少年僧の目を通してチベットの日常を描いたこの作品に続き、『オールド・ドッグ』(2011)、『タルロ』(2015)でも、チベットの消えゆく“伝統と近代化”の葛藤を描いたペマ・ツェテン監督。そんな監督の新作『羊飼いと風船』が1月22日に公開される。

 本作は、前2作品とともに東京フィルメックスで最優秀作品賞に輝き、日本ではツェテン監督の劇場初公開作となる。ウォン・カーワイ監督も絶賛しているペマ・ツェテン監督に「チベットヌーヴェル・ヴァーグ」から本作のテーマまで話を聞いた。

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中国映画界における「チベットヌーヴェル・ヴァーグ」

 アメリカに拮抗する巨大な映画市場をもつ中国は、現在、「2035年までにハリウッドのライバルとなる強い映画の力」というスローガンのもと、1本につき約15億円以上を稼ぎ出す映画を年間100本制作するという目標を抱えている。

 そんな大作志向とも見られる中国映画界において、チベット映画が興隆しているトレンドは非常に興味深い。中国映画界のこのような目標はチベット映画にどのような影響を与えるのだろうか。

 「チベット映画は現在のところはまだまだマイノリティです。まだ漢語で製作された作品が大部分を占めています。チャレンジしなければいけないことはたくさんあり、数年で市場が確立される、ということもなかなか難しいでしょう」と監督は、国内におけるマイノリティの映画の難しさを語るが、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(2019年)のグローバルな成功を踏まえると、世界市場はローカル映画に門戸を開き始めているような気もする。

 特に、伝統と近代化の対立という普遍的な家族との物語のなかに女性が抱える課題を浮き彫りにした今作は、国境をこえて多くの人の心に響くに違いない。

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貧困と輪廻転生思想の狭間で揺れる女性の葛藤

 今からおよそ20年前のチベットの大高原を舞台にした本作のストーリーはこうだ。牧畜をしながら暮らす、祖父・若夫婦・3人の息子の三世代の穏やかで幸せな生活に、中国政府の「一人っ子政策」の波が押し寄せる。

 だが、若い母ドルカル(ソナム・ワンモ)は望まぬ妊娠をしてしまう。政府からコンドームは無料で配給されるが、しょっちゅう品切れになるし、チベット人のほとんどが仏教徒で伝統的価値観をもっていることから、ドルカルは避妊についてオープンに夫と話せない。

 とはいえ、ドルカルの妊娠を夫タルギェ(ジンバ)は喜び、お腹の子は亡くなった祖父の生まれ変わりだと仏僧に予言される。けれども、貧困のなかこれ以上子供を育てるのは無理だとドルカルは悩む。同じ頃、出家したドルカルの妹シャンチェ・ドルマ(ヤンシクツォ)が一家を訪ねてきて……。

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Photo by Gao Yuan

 監督はドルカルの苦悩についてこう説明する。「ドルカルは二重の困難を抱えています。貧しい家庭で、出産すれば4人の学費を用意しなければいけないという金銭的な困難。物語は1995年から2000年に設定していますが、現代でも子供の教育費は家庭にとって大きな負担です。また、信仰──これは伝統とも言い換えることができますが──輪廻転生の思想のもと、夫の父の生まれ変わりを妊娠したというのが、彼女にとってさらなる困難です」(ペマ・ツェテン監督、以下、ツェテン監督)

 映画では、ドルカル一家が長男の学費を捻出するために羊を売るシーンがある。監督によると、牧畜民にとって動物は経済の柱であり、羊を売るということはドルカル一家の貧しさを象徴するものだという。

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