
Getty Imagesより
2020年はネット上の誹謗中傷への問題意識が強まり、総務省から発信者情報開示請求手続きを簡素化する案が出るなど議論が進んだ。
その要因のひとつは昨年5月、『テラスハウスTOKYO 2019-2020』(フジテレビ、Netflix)に出演し、ネット上で激しい誹謗中傷を受けていたプロレスラーの木村花さんが亡くなったことだ。また、新型コロナウイルスの陽性者の個人を特定したり攻撃したりする動きも見られる。12月には木村花さんを誹謗中傷した男性が書類送検された。
ネット上の誹謗中傷は深刻な問題であり、早急に解決すべきである。だが、特に誹謗中傷の標的となりやすいのはマイノリティの人々であり、被害の不平等性があることを忘れてはいけない。2019年12月に神奈川県川崎市ではヘイトスピーチの禁止を含む「差別のない人権尊重のまちづくり条例」が制定されたものの、まだまだヘイトスピーチの課題は残されている。
ヘイトスピーチが及ぼす被害実態や、ヘイトスピーチの被害者救済のために必要な対策について学ぶオンライン院内集会が昨年11月に行われ、150人が参加した。本記事ではその内容を一部お伝えする。
ヘイトスピーチに触れ続けると言葉の暴力に鈍感になる
ヘイトスピーチは被害者にどのような影響を与えるのか——実はヘイトスピーチ被害に関する医学的・心理学的な研究は少ない。なぜならば、医師からの差別を恐れ、被害者が相談しなかったり、被害者が症状と被害の因果関係に気づいていない場合、治療者も気づかないことが多いためだ。被害者が自身のケースを論文や発表にされるのを望まない場合もある。
また、例えばある属性とアルコール依存症の関連を研究した場合、研究者としては「ある属性の人が差別されているゆえに、ストレス等でアルコール依存症になりやすい」ということを明らかにしたくても、「○○の属性の人はアルコール依存症が多い」と研究者の意図に反して解釈されるおそれもあるという。
とはいえ、「実際に診察室に来た人や、他の医師との会話から見えてくる差別があります」と、精神科医の香山リカさんは話す。香山さんによると「職場で在日コリアンであることをからかわれ出勤が怖くなり、通勤途中で体調不良を起こすようになった」「ネットでヘイトスピーチを目にすると、自分のことを言われているのではないかと動悸がするためSNSをやめた」「留学で日本に来たものの、嫌韓本を見てショックを受け、研究をやめて帰国を検討している」などの声が聞こえてくるとのこと。
ヘイトスピーチに関する被害者の研究は少ないが、ヘイトスピーチに触れた(被害者の属性を有しない)人にどのような変化が生じるかの研究はされている。その研究によると、人は慢性的にヘイトスピーチに触れることで言葉の暴力に対して鈍感になり、被害者への評価の低下、心理的距離が拡大し、偏見が増大することが明らかになっている。積極的に差別するつもりがない人もヘイトスピーチを見聞きしているだけで影響を受けるおそれがあるということだ。
なお、精神医学では小児期の言葉の暴力が大人になってからのうつ病の発症と関連があることが明らかになりつつある。虐待によって否定的な思考になっており、大人になって忘れた頃に職場や恋愛などにおいて否定的な思考パターンになっていることがあるという。
香山さん「虐待を受けたからといって、明日うつ病になるのではなく、長期的に影響を受けると考えられます」
同じように考えるならばヘイトスピーチにおいても、長期的に影響を与えることがあり得るのだろう。
自治体のモニタリングによって被害者の負担を軽減
自治体においてもモニタリング(ネット上の差別的な書き込みをチェックし、削除要請を出すこと)の取り組みが進みつつある。差別を受けている本人が書き込みを直接見て削除要請をするのは精神的負担が大きいが、自治体によるモニタリングは本人が書き込みに直面しないため、負担を軽減できるメリットがある。
兵庫県尼崎市では2010年からモニタリングを実施しており、2019年度の削除率は8割を超えている。(一社)部落解放人権研究所が約200団体を対象に行った調査では、削除割合の平均は55.7%であり、尼崎市の削除率は高い。また同調査では、モニタリングの多くを行政の人権担当職員が行っているが、尼崎市では職員研修と位置づけ、各局から若手職員が担当している点も特徴的である。
一方でモニタリングにはまだまだ課題も残る。一般社団法人ひょうご部落解放・人権研究所研究員の北川真児さんによると、「削除を法務局に要請する場合、削除の結果が示されないため、結果の検証が困難」「サイトに禁止規定が明記されていないと、削除できないケースも少なくない」「実施自治体の拡充」「SNSや動画サイトのモニタリングが少ない」といった課題がある。また前述の香山さんの説明のとおり、差別を見聞きしているうちに差別的な書き込みに慣れてしまう恐れがあるため、モニタリングする本人への影響も懸念が残る。
1 2