手越祐也のジャニーズ批判が止まらない「違和感は10年前から」

文=千葉佳代
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 元NEWSの手越祐也が、自身のYouTubeチャンネルでお笑い芸人・ロンドンブーツの田村淳と対談。ジャニーズ事務所に対していつから違和感があったのか答えた。

 手越が事務所に違和感を感じ始めたのは、22~23歳の頃。ジャニーズ事務所は素晴らしい場所だったが「え、なんでなの?」という疑問が塵のように積もっていったのだという。

 手越いわく、自分はジャニーズ事務所の先輩・後輩とほぼ遊ばず、自分よりも年齢が20〜30歳も上の大手IT企業の社長や“国を回しているような有名人”など、ジャンル外の人とばかり交流していたという。大手事務所のいちタレントは、会社にたとえれば平社員と同じ立場でトップにはなれないが、トップに立つ人たちの考え方を聞くにつれ、いかに自分が小さい世界にいるのか思い知ったそうだ。またレギュラー出演していた『世界の果てまでイッテQ』(日本テレビ系)で海外ロケを重ね、「外の世界はあまりにも広い」と知ってしまったことも大きかったという。

 「たぶん僕が先輩・後輩とばっか遊んでるタレントだったらたぶん知れないんで、『事務所最高だ!』としか思わないと思うんですけど」と手越が言うと、「わかるわーー!!」とのけぞる淳。

 淳も昔、当時のマネージャーが夏休みにシリコンバレーに行き、帰国するなり突如「吉本をやめる」と言い出したという。そこで、淳もシリコンバレーに行ったところ、「なるほどね。吉本になんかいたくねえよ」と大いに影響されて帰ってきたという。それ以来、淳も起業家と話すようになり「(今までいた世界は)全然狭いじゃん」と思うようになったそうだ。

 手越はファンの声援があったからこそ32歳までジャニーズアイドルを続けたが、もしそれがなかったら23歳で飛び出していたと明かした。手越は2010年に「アイドル業を120%やりたい」という理由で早稲田大学を中退している。このときアイドル業の方を辞めて大学での学びを深め就職や起業するという判断もあったはずだが、結果的に手越はアイドルに専念することを選んでいたのである。

 だがその時に独立していても、ほぼ無名の元アイドルのままであり、現在のような人脈は作れなかっただろう。YouTubeも今ほど巨大産業化していなかった。ジャニーズ事務所のパワーのもとで知名度を高め、キャラが世間に浸透してからの退社であったことは、タイミングとしてはベストだったと言える。そう、手越が独立後もやっていけるのは、ジャニーズブランドのついたタレント時代の活動があるからだ。そのことを本人がどれだけ自覚しているかは不明だが……。

 現在、手越のもとには大手事務所のタレントたちから独立の相談が大量に寄せられているという。

「後輩に、僕がどういう気持ちで独立をして、独立した後の本人のモチベーションとか周りの感じとか。収入も含めて、こうだよってプレゼンしたら、みんな独立する」

 手越はそう断言し、道を作ってあげたいと展望を語った。今後はプレイヤーとして表に出るだけではなく、プロデュース側に回ることも考えているという。大手事務所から独立したタレントが、自由な道でしっかり稼ぎもあって、良い生活ができるようなプロデュースがしたいのだそうだ。

 大手事務所に所属するということは、様々な制約も伴うだろうが、手厚いケアを受けることもできる。ケースバイケースであるが、スキャンダルからも守ってもらえる。事実、手越はジャニーズで良い立場にいただろう。しかしぬくぬくとした環境を飛び出し、今はまだ荒いオフロードを他のタレントたちも通れるよう舗装するという手越の気概を支持する新たなファンもいる。ジャニーズに残っていても、やがて「いつまでアイドルでいるのか問題」に直面することは自明だった以上、手越の選択もまた間違いではないのかもしれない。

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