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「スピリチュアルと科学が逆転した、心の絆が生み出すユートピア・ニッポン!」ーー帯にはこう書かれている。ところが読後の感想は、200%ディストピア。
当連載のテーマともいえる「科学的根拠のない健康法」「スピリチュアルな言動」。それらがマジョリティとなった世界を描くSF小説が現れました。タイトルは、何とも不思議な語感漂う『るん(笑)』(酉島伝法・小学館)。
私はスピリチュアル物件周辺に共通する謎のお作法や独特な言葉遣いを「スピしぐさ」と名づけ、常日頃からツイッタランドのみなさまに「あるある」をご教示いただいていますが、この作品の世界ってば、何もかもがスピしぐさそのもの。「アレもデタ! これもデタ!」という喜びと、トンデモがスタンダードになった世界に感じる気味悪さ。いろいろな感情の蓋を開け閉めされてしまい、乗り物酔い的なふわふわをくらいました。
#スピしぐさーこんな言い回しや考え方をSNSで見かけたらご用心!
ステイホームでネットコミュニケーションが活性化していくなか、友人のSNSが何やら不思議な感じになってきた……!? そんな違和感を覚えたとき、こんな表現、ふ…
『るん(笑)』に掲載されているのは、連作となる3つの短編小説です。第1話「三十八度通り」の主人公は、結婚式場に勤務する男性・土屋。1か月以上続いているという発熱に苦しみ解熱剤を手にすると、狂信的なスピリチュアル女子である妻・真弓に「免疫の立場、気持ち、なぜ考えてあげない!」と責められる。ちなみにこの解熱剤は、道端で売人からこっそり買ったものだ。
血縁よりも「心縁」コミュニティが大切にされ、その交流模様からわかるのは、街には「龍」がいるということ。当番制で住人たちが熱心に投げ込む「贄(にえ)」は、多分EM団子的なものだな、こりゃ。希少な果物を濃縮した健康ドリンク「ミカエル」が詰め込まれた段ボールが食器棚の上に詰みあがり、かつて心縁は「代理店(と書いてミカエラー)」という名であったというから……ああ、この世界でもスピとマルチは仲良しなんですね。
土屋夫婦は妊活中で、妻は「ホト」にムーンストーンを挿入して月光浴、主人公は鍼灸院で睾丸に電流を流している。こんな具合にリアルのハードコアなスピリチュアルシーンが的確にぶっこまれているので、爆笑してしまってなかなか読み進められない~。
第2話「千羽開き」は1話で狂信的なスピッぷりを見せつけてくれた真弓の実母が主人公。重い病に侵され標準医療を提供している総合病院に入院するものの、熱量高いスピ家族=夫と娘(真弓)に仕切られているので治療はせずに退院し、民間療法(施霊と呼ばれる)に身をゆだねることになる。味わい深かったのは、親子の日常会話です。こんな病気になってごめんね…と謝ると、そんな波長の悪い言葉を使ってはいけない。疒(やまいだれ)※を取って丙気(へいき)と言わないと、ですって。くぅ~染み入りますなあ。スピしぐさ定番の言霊信仰&ダジャレ感あふれる言葉遊び!
退院後は血液クレンジングを彷彿とさせるオカルト民間療法や、夫が作る尿入りドリンク、遺伝子を修復する布団などが押し寄せます。控えめに言っても「殺す気か」というものばかりで、ていねいな心づくしの優しい拷問ってこんなんかな~と震えました。ちなみにタイトルコールはこの章で登場。『るん(笑)』とは何なのか。なぜ「(笑)」がつくのか。ここも眉唾もののスピ理論が凝縮されていて、フヒッとへんな笑いが漏れてしまいます。 ※やまいだれ→部首のひとつ。人が寝台に寝ている様を表している。
第3話「猫の舌と宇宙耳」では、真弓の甥にあたる小学生・真(まこと)の子ども目線で物語が進んでいきます。掃除の仕上げに除霊スプレーを撒いたり、慰霊画を書く授業があるなどの謎ルールに満ちた小学校生活にときどき釈然としない気持ちを抱えながらも、明るくそれなりに楽しく過ごしている。
この章のネタで光るのは、やっぱり教育現場でリアルに存在しているトンデモですね。素手での便器掃除や、精神論てんこ盛りな組体操。同級生・丸山君の首が曲がって戻らない理由が「赤ちゃんの頃受けた整体が波長が合わなくて」というのは、やっぱりズンズン運動※……? この世界でも、一番割を食うのはやっぱり子どもたちなのでありました。
※ズンズン運動→NPO法人「子育て支援ひろばキッズスタディオン」の理事長が独自の経験から考案したと語る健康法。免疫力が高まりアトピー性皮膚炎やダウン症にも効果がある!と有料で施術を行っていた。首や関節をねじるというこの施術を受けた1歳、4歳の子どもが死亡する事件が起こり、2015年に広く知られるようになった。
全3話の主人公たちに共通するのは、科学に背を向けたスピ&エセ医学の世界に生きながらも、頭のどこかでおかしさに気づいているところでしょう。しかしその気づきはごくささやかでもどかしく、閉じた世界の閉塞感と相まって読んでるこっちも発熱してしまいそう。
ほかにも陰謀論や過激自然派、某宗教の戒律を思わせるもの、マルチ、江戸しぐさ、血液型性格分類etc.トンデモのシャワーが全編にまんべんなく降り注ぎます。オモシロ過ぎたので、一部をここでご紹介させてもらっちゃいます。
・免疫を高める謎水(愛情を込めて掻きまわすお作法がポイント。添加物を取り除く龍のウロコが入ってる水も登場)
・無痛分部で生まれた人は「人の痛みが分からない」と陰口をたたかれる。自然分娩&母乳育児絶対正義。
・血液型で性格を決めつける。「AB型は心が二つある」からと、心縁に入れてもらえない。
・出産予定がありそうな女性は「予約させて~」とアンチエイジング目的に胎盤クレクレされる。
・電線は白い封印布で巻かれ、梵字のお札が吊るされている。自動販売機はしめ縄で巻かれて使えない。
・「思考盗聴」が問題視されている。本屋、ネット、携帯、電子レンジは危険物扱い。
・未除霊の肉には動物の恐怖が残留している。
・高次元へ次元上昇(アセンション)した街がある。
・各種陰謀論や「ロク(江戸っ子は第6感があったという珍説)」の存在も浸透している。
・便器は子どもが素手で清める。
・月光浴大事
・波長があう食べ物を重要視
『るん(笑)』の世界で大切にされるこれらの元ネタは、ほぼほぼ実在するものばかり。さらに栄養面、衛生面のヤバさにもさりげなく触れられているていねいさにはもはや心酔。家族が頭の先までどっぷりスピ・マルチ・エセ科学にハマってしまい同調を強いられる人や、いわゆる「宗教2世」問題を抱える人たちは、「これは自分の物語だ」と感じるかもしれませんね。
さてこうしたひとつひとつのネタにキャッキャしながらもラストまで読み進めれば、この世界の正体が浮かび上がり、トンデモの行く先はやはりここであったかという答え合わせにたどり着きます。主人公たちの体調不良の原因。「龍」が生み出した世界とスピリチュアル&エセ科学の親和性。「お口が3つ」と歌われる山にあったもの。作中では明確には語られないものの、ゴジラが自然災害の象徴であるように、龍の正体は多分あの歴史的な出来事なのでしょう。そして「高次元にアセンションした」とドヤ語りされる街は、国から見捨てられた土地が迎えた終末の世界?
おぼれる人(たとえば末期がん患者)が怪しげな民間療法や霊能者といった藁をつかんでしまうように、きっと『るん(笑)』の世界の住人の藁も、スピリチュアルしか残されていなかったのかもしれません。しかし本人たちが幸せそうで、善意、希望、ポジティブが満ちあふれていてもやはり救いには見えず、ひたすら滑稽で悲しく危うい。正直今まで理解不能すぎて嗤うしかなかった「トンデモ」でしたが、奇想天外なようでいて生々しいこの物語に触れ、トンデモの悲しさに出会ったような気持ちになりました。やっぱりバッカだな~とは思うけど。