『キム・ジヨン』の地獄を変えるべく動いた、誰の所有物でもない女たち『彼女の名前は』

文=原宿なつき
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GettyImagesより

 大ベストセラー『82年生まれのキム・ジヨン』(斉藤真理子訳・筑摩書房)を書いたチョ・ナムジュが、次に刊行したのは短編集『彼女の名前は』(すんみ・小山内園子訳・筑摩書房)だ。

 『彼女の名前は』は小説だが、60人あまりの女性に取材をして書かれたということもあり、女性たちが語りかけてくるインタビュー記事のような趣もある。そこで描かれている女性たちはキム・ジヨンと同じく、家父長制や女性蔑視の蔓延する社会に苦しめられている。しかし、彼女たちは「苦しめられているだけ」ではない。

 チョ・ナムジュはあとがきでこう綴る。<「『キム・ジヨン』によって、こんなことがあるのだと社会に認識されたことはよかった。だが、あのなかでキム・ジヨンは自分で声を上げない。あの本が出てから、自分も、社会も、認識しているだけではだめだと感じた。半歩でも前に進もうと、そのためにこの本を書いた」>(P.221-222)

 『キム・ジヨン』のラストはリアルで、それゆえ絶望的だった。多くの読者に「ここに平凡な地獄がありますよ」と気づかせ、それゆえ大ヒットにつながった。理不尽がある。不公正がある。しかし、黙って生き抜かなければならない。生き抜くために、気が狂うことがあるかもしれないけれど。そんな『キム・ジヨン』のリアルに、共感した人は多かった。

 主人公であるキム・ジヨンは、平凡な地獄を生きている。その地獄が平凡すぎるがゆえに、抜け出し方は誰にもわからない……ようにみえた。

 しかし次の作品ではそこから一歩進み、声を挙げ、行動する女性たちの姿が描かれている。平凡な地獄を変えようと行動し、挫折し、実際に変化を起こしていく女性たちの姿が、28本の短いストーリーで編まれているのが『彼女の名前は』だ。

『キム・ジヨン』を過去の遺物にするために

 ささやかな行動、そうする権利が当然あるはずの行動であっても、それをしてはならず抑圧されている側が「おかしい」と波風を立てることは難しい。とくに、女性が声を挙げた、女性らしくない行動をした、と認識されるとバッシング対象になる社会や、同調圧力が強い社会においては、声を挙げることは死活問題にもなりかねない。

 『彼女の名前は』では、仕事がなくなる恐怖、将来が台無しになる不安、他人からの非難にさらされ悩みながらも、声を挙げた女性たちが描かれている。彼女たちが声を挙げるのは、自分のため、正義のためであり、次世代の人々のためだ。ある女性は自分が声を挙げられなかったがために、別の女性もセクハラ被害に遭ってしまったことを知り、被害について発言することを決意する。

 これは、Me tooムーブメントを生み出したハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ告発記事を世に出したジャーナリストたちによる一冊『その名を暴け』(ジョディ・カンター ミーガン・トゥーイー著 古屋美登里訳 新潮社)でも書かれていたことだ。女優のグウィネス・パルトローは、自分の名前がセクハラ加害に使われていた(あのグウィネスもしていることだ。彼女のようになりたくないのか? と)ことを知り、実名で被害を告発した。

 最高裁判事に指名される直前のカバノーの、高校時代のレイプを告発した大学教授のフォードは、告発したにも関わらずカバノーが最高裁判事に任命された後でも、証言したことを悔いてはいない。なぜなら、<「もしかしたらこれで、次の世代の被害者はもっと声をあげやすくなるかもしれない。判事候補に投票した人々は、次のときにはもっと慎重に判断するかもしれない」>(P.371)と感じているからだ。

 自分のため、世の中のため、次世代の人たちのために、セクハラ告発、スト、デモ、署名活動をする女性たちは、現実にも、物語のなかにもたくさんいるのだ。

 もちろん「声を挙げない・挙げられない」人を糾弾することは、あってはならない。それは社会的なことであると同時に、極めて個人的なことでもある。日本にも、韓国にも、アメリカにも、口をつぐんでいる女性はいるだろう。積極的に連帯しなくても、見ていてくれたらそれでいい。ただ、立ち上がった女性たちの声は、じっと黙って見ている人々にもパワーを与えるものだ。

彼女の名前は?

 『キム・ジヨン』は、女性を「〇〇の母」「〇〇の妻」「〇〇の彼女」と呼び、誰かのものでなければ尊重する価値がないかのように扱う社会をぶったぎる作品だった(それにも関わらず、日本版の映画のPRでは、誰かの母であり、誰かの娘であるあなたにおくる……という的外れなキャッチコピーをつけていたが。「そういうの、もうやめてください」という話なのに)。

 タイトルからわかるように、『彼女の名前は』もそうだ。ラストの短編にはある仕掛けが施されており、そこに作者の切実な思い、実感が読み取れる。声を挙げる「彼女」とは誰なのか、誰でありえるのか。ぜひ読んでほしい。

 最後に、本書に収められている一編のなかから、苛烈な労働を強いられている後輩に対し、先輩女性が感じている独白を紹介したい。

<「私だってそうだったんだよ。私たちの頃はもっとひどかったんだから。そんなことを言う先輩にはなるまいと、心に誓った。でもそれだけでは足りない。言ってはいけないことを言わない人で終わらず、言うべきことを言える人にならなければ。自分が今日飲み込んだ言葉。自分しか言ってあげられない言葉について、考えている>(P.25)

(原宿なつき)

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