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2~3年前くらいから「生理のとらえ方を見直そう」という動きが活発になっています。生理用品の選択肢が増えたり、月経周期の医学的知見が更新されたり、人権を軸とした性教育の重要性が呼びかけられたり。さまざまなアプローチがありますが、それらはどれも生理の正しい情報を共有し、女性、ひいては社会全体が幸せになるようにというムーブメントに他なりません。
ところがそんな流れをガン無視しているかのような、閉鎖空間が現れました。1月26日に発売された書籍『布ナプキン&パンティライナー2枚セット 美の神様に可愛がられる方法』(KADOKAWA)です。著者は子宮系女子※の女王として不動の地位を誇る藤本さきこ氏(以下、さきこ氏)。
※子宮系女子=女性の象徴である“子宮を大切にすることで幸せが開ける”という自己啓発法を広める女性のこと。さきこ氏は「子宮」そのものにはこだわらないものの、生理や布ナプキンを通じて「女性性開花」を開運の秘儀と広めているため、このカテゴリーとして認識されている。

「美の神様に可愛がられる方法【特別付録】布ナプキン&パンティーライナー2枚セット」
同書は布ナプキンを、自分の内側と向き合い本来の身体の感覚を研ぎ澄ますための「大人の女性のお道具」として活用しましょうと呼びかけています。そして布ナプキンを通じて生理を喜び自分と向き合い「女性性が開花」されると、美しく健康に幸せにつながるんだとか。このあたりは自己啓発セミナーの手練れであるおさきさんワールド! なので好きに語ってくだせえ~という感じなんですが、「経血の量が少なくなった」「鎮痛剤がいらなくなった」「生理が規則的になった」といった医学的根拠のない体験談が盛られている点は、当連載で何度も繰り返しているとおり完全にアウトでしょう。この時代に新発売される本にまだ、布ナプ布教の悪しき伝統が踏襲されているとは。コロナ禍で「(一見)優し気なセルフケアが望まれてる!」とか考えたんかな。あとこの本、産婦人科医が監修に入っているんですけど、監修のお仕事ドコー。
さきこ氏は「決めるだけで未来は思い通りに動き始める」をモットーに、「設定変更」なる自己啓発セミナービジネスで稼いでいる人物です。お金と愛と美を手にできる設定変更の秘儀が「女性性を磨くこと」であると繰り返し説き、その道具のひとつとして布ナプキンを推しています。当然、自社通販ショップ「プティラドゥ」でも以前よりオリジナルの布ナプを絶賛販売中。布柄同様、販売ページにもキラキラ演出がちりばめられ「魔法の布ナプキン」「心も体も満たされる」「女性性開花♡妊活♡子宮美容♡」とたたみかけます。同書の冒頭でもこんなストーリーが語られていました。
「生理を受け入れ、心と身体を知ることが、美と幸せに深く関係する」
「その真実に気づいた自分は、月収0円のシングルマザーから年商3億の実業家になった」
おーい、布ナプ屋さーん。その売り上げは、美貌&セレブ風ライフで集客してお値段300万円(!)という認定資格講座を開いたり、スピリチュアル系の謎アイテムを売りさばいた商魂のおかげでしょおぉ~。それを「生理と身体を知った結果」と変換するとは、それなんてミラクル。しかも彼女の「美」は股に布をあてようが紙をあてようがほぼほぼ関係なく、「生まれ持った造作」と手間も金もかけたグルーミングの賜物では。
一般的な布ナプキンの多くはコットン素材で「洗って繰り返し使う」のが特徴です。使い捨てタイプのナプキン(通称紙ナプキン)と比べると、使い方しだいでは経済的な利点があり、さらに肌あたりがいいので、紙ナプキンでかぶれるような敏感肌の人にとっては大変ありがたい存在。市場規模は紙タイプに比べれば雲泥の差ですが、それを逆手にとって選民意識を植えつけるようなイメージトークで販売されることも多々あり、この本もまさに典型的なそれ。そしてセレブ風美女のさきこ氏のイメージも加わり、壮大な付加価値全部乗せ状態。しかし布ナプは雑貨かつ消耗品ですから、割高と言えどもたいしたお値段ではありません。手を出しやすく、無駄遣いしている罪悪感が少ない。ダメもとでと、購入する人もたくさんいそう。
ところがそこからさまざまな高額商品の沼へと踏み入る人もいますから、入り口は広く浅く……という蟻地獄を想わせます。確かに一般的には、ニッチなアイテムを売り出すとき、価格や機能性とは違う特殊な付加価値をつけることはよくある戦略でしょう。しかし今注目されている「生理」というコンテンツでまったくアップデートされない情報を発信するとは、悪い意味ですごい。でもさきこ氏は、常々「良いことも悪いこともすべては喜び♡」と発信していますので、今回はそのエッセンスを取り入れて、前向きに読んでみることにいたしましょう。
喜びその1 "脅し系ナチュラル”の教科書に!
同書では、使い捨ての紙ナプキンを使っていると生理に対して悪いイメージが刷り込まれる、と説明されます。経血がしみこんだナプキンをゴミ箱に捨てる行為が「生理は汚いゴミである」「生理は価値のないもの」という思考につながり、自己否定につながるんだとか。一方布ナプキンは、洗濯するときに自然と経血に目がいくため、経血の状態が自分の身体を知るバロメーターとなり「自分の身体はキレイで価値のあるもの」と、自己肯定イメージが刷り込まれるそう。そして便利さは進化じゃない! 紙ナプキンは感覚を退化させる! と主張します。さらに「生理はデトックス! でも極力化学物質が体内に入らない生活を心がけて」と語り「環境ホルモンの経皮吸収率」なるイラスト図解も掲載しています。あざとく明言は避けているものの、紙ナプキンを使うと性器からよくない成分が身体に入るよ~と脅しているようなものです(この部分については下でもう少し詳しくツッコミます)。
さて現状、日本では紙ナプユーザーが圧倒的多数です。そこをザックリ否定して、昔ながらの素朴なアイテムに光を当てる。この手法は、以前のフードファディズム記事でもご紹介した「楽園神話」のひな形そのまんまです。楽園神話とは、医療や食の革新的進歩を否定し、昔のスタイルに戻すことこそ病気や不安から救われる道であると謳う、非論理的な信仰のひとつのこと。
「まだ穀物食べてるの!?」「まだ肉なんか食べてるの?」広く浅く浸透する罪深きフードファディズム
「食べもので健康になる」「体は食べたものでできている」 巷でよく見かけるありふれたこの手の言葉。さほど疑問を持たずに受け入れられがちですが、深みにハ…
『さらば健康神話 フードファディズムの罠』(アラン・レヴィノビッツ著・地人書館)では、食の疑似科学の歴史においてこの手法がさまざまな世代と文化に繰り返し現れると語られていますが、昨今は育児や妊娠出産界隈でも「自然派」と呼ばれるジャンルではど定番。さきこ氏は「女性性開花」がウリですから、分かりやすく「昔ながらの」「自然なこと」は強調しませんが、それを「美の神様」やら「女性性」と言い換えているだけで、やっていることはまったく同じなのです。
テクノロジーや近代化が生みだしたものは本質的に危険であるというメッセージを放つ売り方は、石けん、食べ物、ワクチン等々さまざまな「自然派」に浸透しています。このやり口を「脅し系ナチュラル」と名付けた鍼灸師もいましたね。あまりにも古典的な手法なので、同書を読めば「これがかの有名な!」という気持ちよさすら覚えるでしょう。令和発売の書籍に、堂々とコレを見せていただける喜びを、享受いたしましょう。
そうそう、同書の「自然語り」といえばこんな件がありました。布ナプキンに経血がしみこむ感覚や、洗濯時に経血が水に溶け大地に流れ土に戻っていくという感覚から、自分が自然の中に存在している意識を持てるようになる、と。ふーむマジレスしちゃうと、経血の状態をしっかり観察したいのであれば、シリコンカップタイプの生理用品に言及されないのはひたすら疑問ですし、著者はお風呂場で下洗いしていると書いてありますので、経血交じりの水が流れていくのは下水道。海に還るころには、下水処理場の微生物と塩素によってとっくに分解されてしまいそうです(しかも土じゃないし)。あ、あくまで「そういう意識」ですよね。無粋を申し上げました。
喜びその2 “呪いマーケティング”も学べるよ!
さて、自己啓発沼へも引き込む販売戦略としては、現代の便利なものをディスるだけでは物足りません。使っているものだけでなく、現代を生きる読者たちの「生き方」「あり方」もざっくり否定してかからなくては。
同書のような生理関係の本を手にする人は、何かしら不調を抱えているケースが多いもの。さあ、そこをしっかり脅してきますよ~。さきこ氏曰く、子宮トラブルや婦人科系の病気が増加する原因は「私たちが『女の体』を知ろうとせず、抵抗してきたから」。「感情を押し殺して働いてきた女性に生理トラブルが多い」というのです。
いえいえ。現代女性の婦人科系トラブルの原因の多くは、晩婚化と少子化によって、一生涯の生理の回数が増えたことが大きいでしょう。ほかには、これまでの性教育の不備から婦人科を敬遠する人が多いということも考えられそう。そしてそうなったのは今の社会の仕組みが原因であり、女性たちの意識のせい、ましてや責任ではありません。ところが同書の主張からは、意識が低いから生理がつらくなる! と言わんばかりの印象を受けました。これぞ、「自己責任」という名の呪い。コレ、脅し系ナチュラルとセットになると最強です。生理のつらさを我慢して働かざるを得ない環境で、女性性を受け入れ生理を喜び受け入れて~とは、なかなかに斜め上のアドバイスだな。
巷にもこの組み合わせパターンのバリエは豊富にあり、育児系で有名なのは「母親がテレビに子守をさせるような育児をしていたから、子どもが発達障害になった」「紙オムツを使っていると、オムツ外れが遅い」「母乳で育てないから、病気になる」あたりでしょうか。社会の問題を、女の責任にすり替えながら、その不安や後悔、罪悪感を私が救ってあげましょうと教祖様のごとく登場する茶番劇。あくどい商売をしたい方はぜひご参考に。ターゲットにされた方は「ああコレか!」と理解して、ダッシュで逃げ切りましょう。
布ナプを使って意識を変えるより、皆で声をあげて生理のつらさを我慢しなくてもいい社会を作るほうがよさそうですけど。
喜びその3 健康本のお約束「体験談」の自由さを楽しめる
民間療法の類を紹介する健康本は、ほとんどの場合「体験談」がお約束。エビデンスと呼べるレベルの研究結果も何もないのですから、体験談で説得力を補うほかなく、仕方のない部分でしょう。ですが、いかんせん自由すぎ。同書に掲載されている、布ナプキン体験談はこちらです。
・経血の量が少なくなった
・生理の期間が短くなった
・自分は衛生的だと感じている
・生理痛がなくなった
・鎮痛剤がいらなくなった
・生理が規則的になった
布ナプキンを使うとこういった不調が改善するという声が多いのは、生理=女性という性を受け入れることが喜びになり、脳から幸せホルモンがあふれだし、心と身体に本来の恵みをもたらすから、だそうです。あまりに遠回りすぎる作用。適当だな~! 科学的な裏付けがあるかのようなニュアンスを出したいとき、昨今はやたらとオキシトシンやらホルモンやらが引き合いに出されますが、その数が膨大すぎて、今やすっかり胡散臭い物件のタグと化している感もあります。
2017年に、医療機関のホームページやインターネット広告で手術前後の写真や患者の治療体験談の掲載を禁止する新たなガイドラインが作られましたが、雑貨に関してはまだまだ自由が許されているのでしょうか? とは言えこの分野で禁止されるのも時間の問題であるような気がしますから、ウォッチするなら今! そんな視点からも、同書はたっぷり楽しめますね。
思いっきり余談ですが、私が今まで読んだ体験談で一番好きなのは、手かざし系宗教の冊子にあったエピソードで、骨折したけど手かざしを続けてもらったら治った!ってヤツ。それ、自然治癒だろ。
喜びその4 「医師監修本」のあてにならなさを実感できる
ここまでで「そうは言っても医師、しかも産婦人科医が監修しているのだから、一応それなりに信ぴょう性あるんでないの?」と思う人もいるでしょうか? ここも、落とし穴。同書の監修医師である産婦人科医・池川明医師は、いわばスピリチュアル界御用達医です。「世の中には、まれにそんなこともあるかもしれないね」というレベルの、要は科学的根拠が確認されていないアレこれを、片っ端から肯定してくれるという、大変便利……じゃなくて心の広いお医者様なのです。
ちなみに池川医師の得意分野は、胎内記憶研究です。胎内記憶本来の「母親のおなかのいるときのことを記憶している」という範疇から遠く飛び立ち、「空の上に魂として存在していたときの記憶」「過去は宇宙人だった」「前世の記憶」までも取り扱う、完全なるスピリチュアル医(もう医療関係ない)。セックスレス妊娠なる主張も認めていますので、世にも不思議な産婦人科医と言えるでしょう。ご興味ある方はぜひ、Amazonで池川医師の著作を検索してみてください。「あー」とお察しいただけると思います。
「喜びその1」で環境ホルモンの経皮吸収の図が掲載されている~と紹介しましたが、池川医師は「環境ホルモンは経皮で吸収される」「医薬品の経皮吸収は以前より医学の世界で注目されている」とコメント。あんの~「医薬品」の経皮吸収と、「日用品から環境ホルモンが経皮吸収」されることは、はっきり言って別問題では。これを超短いコメントに凝縮する意味不明さ、読者を馬鹿にしているのでしょうか。今の時代に「環境ホルモン」とか言い出すのも、ちょっとすごい。私のつたない調べでは、もうずいぶん前に莫大な調査が行われ、ほぼほぼ人間には害がないと言われているハズでは。すべてが解明されたわけではなく、まだままだ仮説である部分も多いでしょうが、情報があまりにも古い印象です。
ほかにも「ベテランの女医から聞いた」と前置きをしながら、昔の女性は経血を自分でコントロールできていたとも語っていますが、これも普通に調べれば「みんなができた訳ではない」ことは明白。ほんの一部をピックアップしてもこの有様ですので、きっとこれは国家資格である医師免許を持っていても、すべての方が妥当な情報を取り扱えるわけではないことを、私たちに教えてくれているのです。スピ風に言えば「お試しされている」?
著者のさきこ氏はご自身の教えをブログ等で「鵜呑みにしろよ♡」と度々たたみかけていますが、国家資格である医師の発言といえども、こちらはまったく鵜呑みにできませ~ん♡
以上、4つのポイントに喜びを感じた次第です。正しい情報でなくとも「その独自解釈が面白い!」と感じる人や、単に著者のファンだという方々は、どっぷりこの世界を楽しめばいいでしょう。しかし切実に生理のつらさをなんとかしたいと思っていたり、生理についての情報を集めていたり、もしくは美容の参考にしたいと思う人には完全に不向きです。私個人はトンデモのテンプレがコンパクトにまとまったウォッチ本として、堪能させていただきました。さあみなさまはこの本のどこに、喜びを見出すでしょうか?