図書館の資料をスマホで閲覧。法改正で利便性向上の反面、出版業界への懸念も

文=雪代すみれ
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GettyImagesより

 昨年、新型コロナウイルス感染拡大防止のため図書館が一時閉鎖し、必要な資料が閲覧できず困惑した学生や研究者の声がたくさん見られた。そういった声を受け、図書館の資料をパソコンやスマートフォンで閲覧できるよう、著作権法改正の議論が進められている。

 Webで資料閲覧ができれば図書館まで行く必要がなくなり、利便性の向上は期待できるものの、出版業界への影響を懸念する声も少なくない。議論されている法改正の内容や、出版業界への影響を抑える方法について、井奈波朋子弁護士に話を聞いた。

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井奈波朋子
平成8年弁護士登録。平成29年8月より龍村法律事務所所属。著作権・商標権をはじめとする知的財産権、企業法務を主に扱う。フランス語と英語に対応。著書に松嶋隆弘ほか編「インターネットビジネスの法務と実務」(三協法規出版)がある。 龍村法律事務所HP

図書館に行かなくても、個人端末で図書館の本が読めるように

——法改正について現在、どういった議論が進められているのでしょうか。

井奈波朋子弁護士(以下、井奈波):改正について議論が行われているのは、現行著作権法31条の1項1号および3項です。

 まず、現行の著作権法31条1項1号は、調査研究のために、図書館にある資料の一部分を、一人につき一部、コピーをとることができると規定しています。著作権者には、複製権があるのですが、複製権の例外として、図書館でのコピーが認められています。しかし、現行法では、図書館までコピーをとりに行ったり、図書館に郵送をお願いする必要があり、アナログなやり方しか許されていません。そこで、著作権法を改正して、個々人の端末に送信できるようにすることが議論されています。ただし、権利者の不利益を補うため、利用者の負担により、「補償金」として支払いが行われる見込みです。つまり、図書館に行かなくても、お金を払って、図書館にある本がスマホ等で閲覧可能になるイメージですね。

 続いて、現行の著作権法31条3項は、国立国会図書館から所定の図書館へ、絶版等資料のオンライン送信を認めています。オンラインで送られるのは、国立国会図書館から所定の図書館までなので、利用者が閲覧するには図書館まで行く必要があります。そこで、著作権法を改正して、国立国会図書館から個々人のユーザーへ絶版等資料を送信できるようにすることが議論されています。絶版等資料とは、絶版図書など一般に入手困難な資料を指します。

——改正が議論されているのは新型コロナの影響でしょうか。

井奈波:新型コロナの影響は大きく、迅速に議論が進められました。図書館が休館したため、本が借りられなくなり、ネットを通じた図書へのアクセスに対するニーズが明らかになりました。また、コロナとは関係なく、図書館が周りにない地域の利便性改善の声や、障害等で図書館に行くのが困難な人のため、ネットでアクセスできるようにする必要が認識されており、そういった点にも配慮した改正議論です。

具体的な制度設計はこれから

——制度改正のメリット・デメリットを教えてください。

井奈波:メリットは、オンラインで本が閲覧できることによる、個々人のユーザーにとっての利便性の向上です。デメリットは、出版業界や古書店への影響です。31条1項1号は、全資料が対象なので電子書籍の市場と競合する可能性がありますし、31条3項は絶版等資料が対象なので、古書店との競合が予想されます。

 31条3項で可能となる送信は、絶版等資料の全部が予定されています。そうしますと、情報だけ入手したいユーザーは、国立国会図書館にアクセスして端末で閲覧すれば目的を果たせます。「紙の本で所持したい」需要がまったくなくなることはないとは思いますが、古書店への影響は大きいのではないでしょうか。

——デメリットは補償金でカバーできるのでしょうか。

井奈波:補償金に関する具体的な制度設計はこれから議論されることになるので、現時点での判断は難しいのですが、正直、心配ではあります。補償金は、個別の送信ごとに徴収され、料金体系は、図書の性質などによって異なる設定とすることも検討されています。一律とすると、権利者が失う利益の補填が不十分となる可能性があるためです。

 なお、31条3項については、補償金制度は導入しない方向でまとまっています。

——最初に制度改正の報道が出たときには「図書館で借りられる本がなんでもスマホで閲覧できるようになる」といった受け取りかたをしている人も少なくないように感じました。

井奈波:絶版等資料は、全ての送信が可能な方向で話が進んでいるので、あながち間違いではありませんが、一般の図書は補償金が必要ですし、図書の全部が送信されるわけではないので、利便性は高いのですが、自宅でスマホから自由に閲覧できるというのは言い過ぎではないでしょうか。

——1冊全部読めるようにするために、2人以上で協力することも考えられますよね。そういった対策は検討されているのでしょうか。

井奈波:そのような対策が必要であると認識されていますので、誰かと協力して一冊全部を入手した場合には、普通に図書を購入した場合より高額となるよう、補償金を高く設定するなど配慮した制度になるのではないかとは思うのですが、まだ具体的に決まっているわけではありません。

——その他にも井奈波先生から見て、法改正の懸念事項はありますか。

井奈波:やはり出版業界や古書店への影響は心配です。出版業界といっても、大手出版社から弱小の出版社まで、さまざまです。大手出版社はすぐに電子書籍に対応でき、補償金の額をみて料金設定ができると思いますが、小さい出版社は電子書籍への対応が難しい企業もあります。それが図書館で電子化されて送信されるとなると、補償金の金額次第という面もありますが、出版社にとっては不利益になる可能性も否定できません。

 古書店については、そもそも著作権法で守られているわけではないので、法的な観点からは、なにも権利を主張できる立場ではありません。ですが、新たな制度により、古書店がどれだけ経済的な影響を受けるかは心配です。今でも、「紙の本が好き」という方はいらっしゃるのですが、情報だけ欲しいという方にとっては、古書店で本を購入する必要がなくなってしまいます。そこで、一定程度は、古書店から、図書館のサービスに流れてしまうお客さんが存在すると考えられます。

 一方で、今まで図書館でどれだけ借りられても、利用者が複写サービスを利用しても、出版社や著作者に還元はされてきませんでした。著作権法改正後は、送信に関して、補償金の分配を受け取ることができると期待されます。そのため、新たな制度が、プラスに働く可能性も残されています。

——出版業界の未来に関わる議論であることは確かということですね。ありがとうございました。

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