未だに払拭できない「女神」への執着…コミュニケーションに困難を抱える男性が解放されたきっかけ

文=清田隆之
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GettyImagesより

(※本稿の初出は『yomyom vol.66』(新潮社)です)

 清田隆之さんの「yomyom」連載、今回は介護職のアルバイトをしながら作家を目指すアラサー男性・大宮康平さん(仮名)のお話を伺う後編です。男子校を経て国立大学に進学した大宮さんは、女子に受け入れてもらえず、仲間だったはずの男子にも裏切られたような気持ちを募らせ孤独に。唯一ちゃんと話を聞いてくれ、精神的な支えになっていた女性・Rさんを「女神」と呼び慕うのですが……。

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未だに払拭できない「女神」への執着…コミュニケーションに困難を抱える男性が解放されたきっかけの画像3 ウェジー 2021.02.13

女神への執着は治らない依存症?

 大学生になるにあたり、最も憧れていたことのひとつが恋愛でした。Rさんとは学科の選択授業が同じで、少人数のクラスだったため少しずつ会話を交わす仲になっていきました。彼女は独特の雰囲気を持っている人で、いつも上品な服を着ていて、育ちのいいお嬢様であることが伝わってきました。かと言って近寄りがたい雰囲気ではなく、誰にでも親切で、僕と話す際もこちらのペースに合わせてくれるところがとても心地よかった。友達づくりにつまずき、誰ともつながりを感じられず陰鬱としていた中にあって、こちらの話にじっくり耳を傾けてくれるRさんは、コミュニケーションの実感が得られた唯一の相手でした。まさに女神……僕は次第にその授業を楽しみに生きるようになり、彼女が精神的な依存先になっていきました。

 しかし、同じ授業の何人かで雑談をしていたとき、ふいにショッキングなことを耳にしてしまいました。なんと、Rさんには長いこと交際している彼氏がいたのです。もちろん素敵な女性ですし、誰かお付き合いしている人がいたって不思議ではないのですが、もはや彼女を心の拠り所にしていた僕にとってそれは極めて受け入れがたい事実であり、気持ちを収めることなんて到底できなかった。それで玉砕を覚悟で告白したのですが、あえなくフラれてしまい……完全に底が抜けたような心地になりました。

 そこであっさり身を引き、再び友達として関係を再構築できればよかったかもしれませんが、僕にはそれができなかった。むしろ、気を遣って何事もなかったかのように接してくれた優しい彼女に対し、告白したことの勇気を認めて欲しい、今まで以上に親しくなりたいという思いから、「なぜふたりで会ってくれないのか?」「なぜ普通に話しかけてくれないのか?」「もっと僕とコミュニケーションを取って欲しい」など叱責と懇願が入り混じったようなメールをしつこく送り、距離を遠ざけるようなことをしてしまった。あんなに親切だったRさんが見る見る引いていくのがわかり、僕の苦しみもどんどん膨らんでいきました。完全なる自爆なんですが、どうしても執着を止めることができなかったんですよね。

 あれから8年が経ち、魅力的な女性とたくさん出会ったし、趣味などを通じて仲良くしている女友達も何人かいます。でも正直、いまだにRさんへの気持ちが消えることはありません。あれ以来ほとんどコミュニケーションは取っていないけれど、今でも毎日のように彼女のことを考えるし、それが癒やしになっている。フラれたあとの2年間くらいは、あまりに抜け殻のようになってしまって「これからの人生はすべて余生だ」くらいの気持ちで過ごしていましたが、今はさすがにそこまでではありません。楽しいこともたくさんあるし、別の女性にちょっとした恋心を感じることもあります。でも、あのとき抱いた強烈な感情は確かな真実性を帯びていて、大げさでなく“生きている実感”を得られるようなものでした。あれを超えるような瞬間は依然として訪れず、当時を思い出すことは僕にとって生のリアリティに触れることと同義になっています。

 おそらく、ある種の「戦場体験」というか、ネガティブな意味ではないトラウマみたいなものなんでしょうね。治らない依存症っぽくもあるのですが、相手に迷惑をかけているわけではないし、無理して治さなくてもいいのかなって。彼女とはTwitterでつながっていて、他のSNSもこっそりチェックしています。今でもチャンスがあるなら友人関係に戻りたいので、気持ち悪がられないよう、決して「いいね」はつけません。でも、宗教的な行為と言いますか、尊い存在の気配に触れ続けたいという思いがあって、彼女が暮らす街の駅前にある市民プールに通い、そこで定期的に身体を動かしています。

自助グループとの出会いで人生が好転

 エリート志向が強く、就職は名のある会社にと目論んでいたのですが、就活でもコミュニケーションの問題でつまずいてしまいました。説明会や勉強会に通い、何社かは面接のステージまで進むことができたのですが、限られた時間の中で自己PRをしなくてはならなかったり、大人数のハイテンポなやりとりの中で存在感を発揮しなくてはならなかったり……これは自分には無理だなって。まわりは県庁や有名企業に就職する人ばかりだったし、東京の難関大学に進学した同級生のYくんも大手食品メーカーから内定をもらいました。一方の僕は、名門大学を出たにもかかわらずどこにも就職できず、非正規雇用の介護職で食いつなぐ日々に……もう「人生オワタ」って感じでしたね。

 しかし現在、僕はかなり楽しい人生を送っています。ネットを通じてたくさんの鉄道仲間とつながれたし、英会話や読書会など学びの場にもいろいろ出向き、毎日が充実している。再びシェアハウスで暮らし始め、リア充ライフとまでは行かないものの、住人たちとの関係もなかなかに良好です。

 その大きなきっかけとなったのが、コミュニケーションに困難を抱える人が集う自助グループに通い始めたことでした。そこは地元のNPO法人が運営している会で、月に1〜2度ほど開催され、参加者それぞれが悩みごとや困りごとを持ち寄って語り合う場になっています。講習会やカウンセリングのようなものとは異なり、先生のような存在がいるわけではなく、みんなでじっくり発言者の話に耳を傾けていきます。

 僕もそこで様々なことを打ち明けました。身長へのコンプレックス、人との距離感がうまく取れないことの苦しみ、女神崇拝を始めとする恋愛の諸問題など……自助グループでは誰からも否定されず、安心して悩みごとを吐き出せるので、「自分の存在が受け入れられている」という確かな感覚を得ることができた。また、オープンに自分語りをさせてもらえたおかげか、例えばプライドを守るための選民意識だったり、家族との関係だったり、Yくんに対する複雑な思いだったり……自分自身の癖や弱さ、思考回路やそのメカニズムなど、様々な問題と向き合いながらひとつひとつ言語化していくことができました。

 基本的には男性ばかりの集まりですが、畑をやりながら自給自足で暮らしている30代の人や、生活保護を受けながら楽しい日々を送っている40代の人などもいて、いろんな生き方があるんだな、エリートになることがすべてじゃないんだなって、視野がグッと広がったのも自助グループで得た学びでした。競争から降りられたというか、自分を良く見せなきゃというプレッシャーから解放されたというか、とにかく人と関わることが楽になったんですよね。

 もちろん、権力欲が完全になくなったわけではありません。Yくんから馬鹿にされたくないって思いは今でもあるし、Rさんから一目置かれるような実績を作りたいという気持ちも強く持っています。僕には年収も肩書きもないので、正規のルートで挽回することは難しい。今考えているのは、これまでの人生で経験してきた困難や自助グループで得た学びや発見をベースに、小説やエッセイなど何かモノを書いてみたい、それで作家デビューしてみたいということです。Yくんのように会社の看板はないけれど、知名度を上げて自分の名前で勝負できるようになりたいなって。それで再び女神の視界に入ることができたら最高ですよね(笑)。そんな思いを胸に秘めつつ、趣味に学びにと充実した日々を送っています。

(※本稿の初出は『yomyom vol.66』(新潮社)です)

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