賃貸契約において「後から入居」トラブルもよく聞く話だが、不動産会社を通して大家にも許可をとっていた。生活自体は順調で10年ほどこの部屋で暮らしていたという。しかし、引っ越しのきっかけは、大家とのトラブルとのこと。なぜ大家の態度が変わったのだろうか?
「その部屋は投資物件だったから、ある時期大家さんが変わったんです。引き継ぎも行われていたはずなんですが、口頭のみで伝えていたようで……」(Aさん)
「ある日、壁の中の配管が壊れて水漏れが起きて、そこで初めて新しい大家さんと対面したんです。そしたら“若い苦学生が住んでいると聞いていたのに、会社員じゃないか、話が違う”と難癖をつけられて」(Mさん)
「そりゃあ部屋を借りてた時期は学生だったけど、数年も住んでたらアラサーになるに決まってるじゃないですか! どうやら配管の経年劣化を私たちのせいにしたかった様子で、“ワンルームを二人で使ってるから配管が壊れた”なんて言い出して……」(Aさん)
大家との関係が悪化したことから、引っ越しを検討することにしたAさんとMさん。一人暮らしも考えたが、結局二人暮らし用の物件を探すことに。
「一人暮らしをするなら、どちらかが家電を新たに買い直さないといけないじゃないですか。その分配がなかなか決まらなくて(笑)。家電にお金を使うくらいなら、ちょっと広いとこに引っ越そうという話になったんです」(Mさん)
「不動産屋に駆け込んで、条件を伝えました。“お互いの職場から近い”、“家賃は安いほうがいい”、“ルームシェア可”、そして“大家さんがまとも”って(笑)。当時は私が正社員でMさんが契約社員だったし、私の親も定年前で保証人になってくれるというので、私の名義で部屋を契約することにしました」(Aさん)
紹介されたのは、お互いの職場から通いやすい都内の私鉄沿線の物件だ。駅から徒歩10分程度の2DKで家賃は7万5千円、相場よりもかなり安いけれど、築40年以上のせいか借り手がなかなかつかなかったとのことで、大家も「誰かが住んでくれたほうがいい」と、ルームシェアを快く快諾してくれたそうだ。
「いまだにバランス釜だったり、ガス栓(※古い物件はガス暖房用に栓がついていることが多い)もついてたりと、古いし二間続きの長い部屋で、二人暮らしにも向いてないんですよね。ただこれまでワンルームだったし、相場より2万円くらい安かったしで、ここにしました」(Mさん)
「ルームシェアということで、最初の半年分の家賃は一度に支払ったけれど、その後も滞りなく払っていたので、むしろ大家さんの印象はいいそうです」(Aさん)
お互いに恋人がいる時期もあるが、この暮らしが快適なため、ルームシェアは解消せず続けていた二人。しかしルームシェア生活も13年目に入った頃、大きな事件が起きた。Mさんが脳出血で倒れたのだ。
「前日から兆候はあって、朝ごはんを食べながら“どうしても立ち会わないといけない仕事があるから、それが終わったら病院に行ってくる”と話していたところ、会社で倒れてしまって」(Mさん)
「私も心配だったので、“ちゃんと病院行けた?”と電話したら、職場の人が出てくれて、“倒れて運ばれました”と。それで慌てて病院に行ったんです」(Aさん)
手術の承諾書は、原則として親や配偶者しかサインをすることができない。しかしMさんの両親は地方在住で、東京に来るまで時間がかかってしまう。
「病院の方いわく、私たちが同性パートナーシップを結んでいる関係であれば、承諾書にサインすることもできたそうなのですが、“同居している友人という立場”なので……。でも一刻も早く手術が必要だったので、電話でMさんの両親に“Aさんにサインをお願いしました”と、私が代理でサインすることになったんです」
「もしもの時」に家族のようにはいかない、これは法的に保証された関係ではない共同生活における課題である。先日邦訳版が発売されたばかりの、韓国人女性二人と猫4匹の生活を綴ったエッセイ『女ふたり、暮らしています。』(キム・ハナ、ファン・ソヌ/清水 知佐子訳 CCCメディアハウス)でもこの課題は指摘されており、現在韓国では指定した同伴者に対して、血縁者や配偶者でなくても所得税控除や医療記録の閲覧権などを許可する「生活同伴者法」が議論されている。
既存の家族制度を脅かすと反発もあるとのことだが、この高齢化社会において離婚や離別で家族がいない状態になることだって予想される。そんな時に「家族じゃないと手術のサインが」なんていう事態を避ける制度を設けることは間違っていないと思うのだが。