「フィンランド人は自分たちが世界一不幸だと思っている」ミカ・カウリスマキ監督が深刻な差別や格差を「食」を通して風刺した『世界一しあわせな食堂』

文=此花わか
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©Marianna Films

 コロナ禍で最も注目された世界のリーダーは、フィンランドのサンナ・マリン首相ではないだろうか。2019年、世界最年少の34歳という若さで首相に就任したマリン首相が率いる内閣は発足当時の閣僚19人のうち12人が女性で、マリン首相を含む4人は35歳未満。夫と育休を交代しながら公務と子育ての両立を実現し、週休3日制を目指す首相の存在は日本人の目には眩しい。そのほかにも、豊かな自然や充実した社会保障制度など、フィンランドは非常に暮らしやすい国のように見える。

 2018年から2020年まで国連が毎年決める「世界幸福度ランキング」で連続1位を獲得しているフィンランド。そんな国から心あたたまる映画『世界で一番しあわせな食堂』が届いた。2月19日に公開される本作はミカ・カウリスマキ監督の新作で、優しい眼差しのなかに現代社会に警鐘を鳴らす視点が潜む。「“食”のもつ力を世界へ発信したかった」と言う名匠カウリスマキ監督に話を聞いた。

人種ステレオタイプや性的役割分業からの脱却

 フィンランド北部ラップランドの小さな村にある食堂へ、上海から中国人父子がやってくる。誰かを探しているようなのだが、村の誰もその名前を聞いたことがない。なすすべもない親子に食堂のオーナー、シルカ(アンナ=マイヤ・トゥオッコ)は泊まる家を提供する。

 ある日、中国人の団体観光客が食堂に押し寄せてくるが、シルカはどうやってもてなしてよいか分からない。困るシルカを見て、親子の父チェン(チュー・パック・ホング)はシルカに助けを申し出る。彼は実は上海の高級レストランの料理人だったのだ。次第に、チェンが作る料理は地元で大評判になっていく。料理を通じて地元の人と絆を深めていくチェン親子だったが、観光ビザの期限が切れて、上海へ帰国しなくてはいけなくなってしまう……というのがあらすじ。

 チェン親子のロードムービー、人探しのミステリー、チェンとシルカのラブストーリーと様々な要素が盛り込まれているこの物語の最大のテーマは“ダイバーシティ&インクルージョン”だ。その記号となるのはたくさんあるのだが、まずは、チェンとシルカの恋だろう。

 これまで、欧米の映画に登場するアジア人と非アジア人のカップルは、アジア人女性と白人男性の組み合わせが圧倒的に多かった。これはアメリカのテレビや映画で長年表現されてきたアジア人女性の人種ステレオタイプがあったと思う。

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 「ドラゴン・レディ」という呼び名をご存じだろうか?

 アジア人女性=ミステリアスでセクシーなファムファタール、という人種ステレオタイプなのだが、例えば、90年代後半に大ヒットした米TV『アリー my Love』のルーシー・リューが演じたキャラクターがそれに当たる。

 こういったステレオタイプの影響もあり、アメリカのメディアは「イエロー・フィーバー」(非アジア人男性による東アジア人女性へのフェティシズム)という言葉を多用したが、長年アメリカに住み、日本に帰国した今も毎年欧米へ行く私の肌感覚では、アジア人女性へのフェティシズムが“一般的な流行”になったと感じたことは、一度もない。もちろん、過去数十年の間に世界中で異人種カップルは増えてはいるが、それはアジア人女性に限ったことではないだろう。

 一方、欧米の映画やテレビでは、アジア人男性はギーク、観光客やサラリーマンという地味なキャラクターか、もしくは武道の達人、侍やヤクザといった神秘的なキャラクターの二極化したステレオタイプで描かれ、非アジア人女性の恋の相手役としてはなかなかキャスティングされてこなかった。

 しかし、“ダイバーシティ&インクルージョン”の目覚め、異人種カップルの増加、そして、おそらく、BTSの世界的な人気などから、『ベル・カント とらわれのアリア』(2019)のジュリアン・ムーアに対する渡辺謙や、『ラスト・クリスマス』(2019)のエミリア・クラークに対するヘンリー・ゴールディングなど、アジア系男性が非アジア人女性の相手役として登場するようになった。

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ミカ・カウリスマキ監督

 そういった欧米の人種ステレオタイプの歴史を踏まえて、カウリスマキ監督にシルカとチェンの人種的設定の意図を聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

 「フィンランド人女性を主役にするのは最初から決めていたのですが、相手役を中国人にしたのには理由が2つあります。第一に、中国からは毎年何千人もの観光客がラップランドへやって来ますが、彼らが地元のフィンランド人と交流する機会は一切ないこと。だから2つの異なる文化が本当に出会う物語を作りたかった。

 第二に、食が薬になるという“薬食同源”の中国の食文化は、フィンランドの薬に対する考え方と真逆なので、きっと面白いストーリーが生まれると思ったこと。私は中国の漢方薬に個人的にずっと興味をもっていたんです」(ミカ・カウリスマキ監督、以下、カウリスマキ監督)

 また、男性のチェンのほうが料理上手で、女性のシルカのほうが料理下手の釣り上手と、伝統的な性的役割分業が逆に設定されているのも本作の注目すべき点だ。

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