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こんなときこそ、食で心と身体を整えよう。賢く食べて、免疫を高めよう。呪文のように繰り返し耳にするこのセリフ。コロナ禍が始まるはるか昔から、自然派界隈ではど定番の謳い文句ですが、コレを口にしがちな人たちが「我が家のバイブル」と崇めるのが、東城百合子氏の著作『家庭でできる自然療法』(あなたの健康社)。今回は「源流シリーズ」として、日本における自然療法の元祖とされる、この作品をご紹介していきましょう。
東城氏は、大正14年生まれの「自然療法の大家」(2020年2月、享年94歳で死去)。肺結核を患い抗生物質などで治療にあたったが症状が改善せず、その後玄米スープをはじめとする自然食で回復したなるエピソードを掲げて活動していた人物です。料理教室や講演活動を通じて生涯を自然療法の啓蒙にはげみ、同書は2018年時点でなんと1030版! 100万部越えのロングセラーといわれ、いかに支持者が多いのか、その影響力が伺い知れます。自然派系の記事やセミナー内では、同書の登場回数は星の数。意外なところではEGO-WRAPPIN’(エゴラッピン)の中納良恵までもが某記事で「おすすめ本」と紹介していました。思わず「お前もか~!」と泣き崩れたくなりましたが、彼女の野生的な感性が、東城氏の自然を妄信するパワーと共鳴した……くらいだといいなあ(ガクリ)。
自然療法は、かわいく言えば「おばあちゃんの知恵袋」。せきが出るときはきんかん、のどが痛むときは塩番茶でうがい。これ程度でしたら、比較的身近な存在でしょうか。ところが同書に目を通してみると、そんな生易しい世界ではなかったのです。ぶっちゃけ「死人出ませんでした?」と問い詰めたくなるレベル。医療は否定しないものの、全編にわたり「酸性の血」「アルカリ性の血」というひと昔前の健康情報を貫いているので、増刷をくりかえし新しく刷り続けあとがきなどは新たに書き加えられているものの、基本、時代にあわせて情報更新しない方針ということもわかります。ということを差し引いてもさらに、のけぞらずには読めない世界でありました。
山田ノジル選・自然療法のすごいお手当&お説
(→のあとは筆者ツッコミです。)
・脳梗塞、脳出血かわからなくても、脳はどんな場合でもまずは豆腐パスタ―(豆腐を練ってペースト状にしたもの)で湿布をして汚れた毒素を引き出すべし。豆腐湿布は細胞を開き毒素を出してくれるので、すごく臭くなる。救急車や医者がすぐに来られなくても、手当が早ければ後遺症も残らない。
→豆腐を頭に貼ってないで、先に救急車呼んでくだせえ。
・精神病は動物性食品のとりすぎ、白砂糖のとりすぎ、酒の飲みすぎ。この種の病人は大食漢でよく食べる。
→すごい決めつけっぷりに、草生えます。私宅監置の制度で、元気に飲み食いできるレベルの病人以外は、なかなかお目にかかれなかった……とか?
・老人の脱肛は、なかなかおさまらない。ナメクジに砂糖をかけてガーゼで包み、もみつぶして脱肛にあてておしこむ(粘膜かゆくなりそう)。
・化繊は静電気を起こし、カルシウムを消費する。汗も吸収しない。
→今となっては叶いませんが、東城氏にぜひ快適で機能的なアウトドア衣類をご体験いただきたかった。
……ここまではまだまだウォームアップです。山場はやっぱり婦人科系。
・食品添加物の入った加工食品を食べすぎると、母乳も出てこない不自然な体になってしまう。
→この連載で何度も言いますが、添加物の存在しない江戸時代だって、母乳が出ない女性がいたことは、もらい乳文化から分かりますよね~?
・ごま塩をつけたおにぎりを食べると、ひどいつわりでも吐かずにおさまります。つわりだからといって寝てばかりいるのはよくない。むしろできるだけ働くことです。
→よく講座に参加していた女性たちから苦情が来なかったな! つわりは個人差が大きく、水を飲んでも吐くという人もいますでしょうに。
・乳腺炎はどじょう療法。どじょうをさき、骨をとってから皮のほうを幹部にあてて貼る。幹部が広いとき、またツルツルして落ちるようなときは2、3匹糸で縫い合わせて幹部に貼る。中耳炎、肺炎、急性リウマチ痛、内臓の急性の炎症にもすばらしいききめがある。
→苦しんでいるときに、200%自分で準備できない療法! 乾かさないものを貼るようなんですが、効く効かない以前に、敏感肌の自分的には無~理~。ところで「魚は養殖ものはダメ」ってスタンスのようですが、ここも同様でしょうか。材料入手もハードル高いぜ……。
・卵巣炎、卵巣腫瘍、子宮筋腫は食物のとりかたの間違いからおこることがほとんど。手術しなくても食養で治る。子宮筋腫は悪性じゃないので、心を開いて自然に感謝して、手当も、食事も、楽しみつつできるようになったら簡単に治る。治らないのは、その人の根性。女の一番大事な子宮におできができたということは、どんなことなのか考えなさいという自然の声でもある。
→究極の自己責任論! 罪悪感と不安を煽り、症状悪化しそうです。
・甘味品・コーヒー・菓子・果物などを好んでよく食べる人は不妊型で子どもができにくい。また性欲がなく、性行為に不快をおぼえたり、不感症だったりします。そのため、異性に好かれないし、女性的な魅力もない。
→決めつけ・差別・ジェンダーバイアスetc.要素が多すぎてつっこみきれません。
・子どものわきがは、妊娠中の母親の肉食過剰か砂糖過剰が原因。
→遺伝も関係してますから、父親のせいでもあるんですけどね?
みなさま、強烈な部分だけを抜き出していると思いますか? ところが癌に関わる項目では、さらにヤバさ数十倍な記述が山盛りです。何と言うか、体のしくみが解明されていなかった時代は大変ですね……と脱力。ですが今でも「家庭に一冊あると安心♡」ってノリでおすすめされているのは、どういうことなんでしょ。
既視感のある「療法」
中でも大変味わい深かったのは、「砂療法」です(一般的には「砂浴」と呼ぶ)。砂浜で頭だけ出して砂に埋もれるアレは、健康効果もあると言われています。発汗を促してサウナのようにスッキリ! って話だと思うのですが、同書によると体内の毒素がガス体となり、体から出ていくんだとか。そして同書にはこの療法を広めた宿便研究家の珍エピソードが掲載されています。「畑の土の中に首だけ出して寝たら一匹も蚊が来なかった」「枕元に立っていたポポーの木の何百という果実が、数日後に全部落ちてしまった」。これを「相当強いガスが体から出たからだ!」というのです。
ああこれってば「靴下重ね履きをすると、足裏から毒素が出て全身が健康になる!」「靴下の裏の穴が開くのが、毒素が出た証拠」と謳われる、冷えとり健康法と双子のようによく似てる。あちらも「蚊に刺されなくなる」「パンを水なしで食べれるようになる」という謎の効果効能が報告されているうえ、なんでもかんでも「毒素が出る」と見立てる手法もそっくり。ついでに冷えとりの女王である服部みれい氏も体験済みであるようで、そのぬかりなさはさすがです。
効果効能のシャレにならない言説も、冷えとり健康法と同等のヤバっぷり。同書によると砂療法は「子宮がん、子宮筋腫に際立った効果がある」と言うのです。不調だけど医者嫌いの夫人を砂浴させたら、局部から団子大のものが出た。それを「子宮がんや子宮筋腫がとび出してきて治った」と説明されている(えー)。そもそも砂浴を世に広めた人物の提唱する「宿便」は、実際は存在しないと言われていますので、それを鑑みると人体に幻の何かを見出すのがお好きだったのかもしれません。
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自然療法を「予防」ではなく「治療」にまで使おうとすれば、相当な根気と信心が必要でしょう。それゆえか、これら自然療法には精神論がついてまわり、自然ひいては宇宙への感謝が必須、命を自然にゆだねいずれ大地に還っていく……そんな世界観が繰り替えし説かれています。東城氏の場合は、両親からの教えや、戦後を生き抜いた自負、そして婚約者の死からのキリスト教への傾倒。こんな背景も、独自の精神世界ををさらに強固にしたのかもしれません。
同書では「悪党や悪人にはインターフェロンが出にくい」やら、「子どもの熱が下がらないのは、姑にうらみを持っていた母親の心の問題だった」やら、因果関係のよくわからない教えがぎっしり。ノスタルジックな昭和テイストを楽しめる側面もありますが、もしママ友の家に使い込んだ形跡のあるコレが置いてあったら、そっと距離を置くのは必須。巷の野良発酵やらなんちゃってスピリチュアルの世界では、教えが末端にいくほど暴走しているといった現象を多々目にしましたが、自然療法は源流こそが高濃度。そんな法則を学ばせていただきました。