コロナ感染が蔓延する精神科病院は「健康で文化的」と言えるのか? 「メシ・フロ・ネル」と健康との関係

文=みわよしこ
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食事の内容に関する奇妙な「温度差」

 精神科入院の経験者からは、食事が「美味しかった」という話を聞いたことはない。かといって、強い不満を頻繁に耳にするわけでもない。少なくとも筆者は、「間違いなく一般病院よりもひどい」と思える食事内容を見聞したことはない。

 まず、精神科病院に限らず、病院の食事は病院給食業者への委託が進んでいる。大手業者に委託されている場合、極端に不味な食事となる可能性は低いだろう。

 委託する理由は、主にコストとリスク対策である。人件費が圧縮できるのはもちろん、天候不順によって野菜の価格が高騰した場合などの影響も最小限にできる。万が一、食中毒や異物混入などのトラブルが発生した場合の責任問題という面でも、委託は有利だ。委託した病院が全く責任を問われないわけではないのだが、責任の大半は委託された業者が負うことになる。災害時の事業継続を含む委託契約を結んでおけば、災害時の食事の心配を最少にできる。

 むしろ問題は、食事をする環境にあるようだ。20代から30代にかけて入退院を繰り返し、精神科病院で延べ10年間の入院生活を送ったAさん(女性・40代)は、次のように語る。

「ご飯の時間はホールに行って、並んで食事を受け取り、テーブルに運んで食べるんです。スタッフの方は、最初は『ゆっくり食べてね』と声をかけてくれたりします。でも、5分とか10分とかかけて食べているうちに、先に食べた人がいなくなると、『早く食べなさい』と急かされたり焦らされたり。それで、まだ食べ残しがあるうちに席を立とうとすると、強引に『食べなさい』と言われたりしたんですよね」

 文字通り、「味気ない」食事となりそうだ。古いメラミン化粧合板のテーブルの表面があちこち剥がれていたり、椅子に張られたビニールレザーの破れ目からウレタンスポンジがハミ出していたりすると、さらに味気なさが増すだろう。

 なお、保護室に隔離されている患者は、床や膝の上に食器を置いて食べる。保護室は、自傷他害のおそれがある患者を隔離する場所なので、テーブルは置かれていない。身体拘束されている患者は、食事中は拘束を解いて起き上がり、通常の食事を食べる場合がある。通常の食事を摂取できない患者に対しては、流動食を口から流し入れることもある。その際、1食分の食事を2分間以下で流し入れるという“早業“が見られる場合もある。人間の「食事」と呼ぶに値するものであるかどうかはともかく、栄養の摂取は出来る。

 問題は、夜間の空腹である。夕食が午後5時から、朝食が午前7時からとなっている場合、何も食べない時間が概ね14時間にわたって続くことになる。むろん、「近くのコンビニで、ちょっと小腹を満たすものを買ってくる」というわけにはいかない。筆者は、精神科病院入院中の朝食の話を聞いたことが一度もない。空腹を満たすことで精一杯なのかもしれない。保護室に隔離されていたり身体拘束されていたりする場合、水を飲みたい時に自由に飲むこともできない。

 その一方で、精神科病院のスタッフには、食事の不満が数多くぶつけられるようだ。「入院患者から最も多く不満の声があがるのは食事」という声もある。不満の内容は「汁物が毎食はついていない」「味が薄い」「量が少ない」といった、病院食である以上は致し方なさそうなものである。その背景として考えられることは、数多い。その患者自身が、喜びを感じられない状態にあるのかもしれない。「高圧的な看護師に逆らったら身体拘束されてしまうのではないか」という恐れを率直に口にする代わりに、食事への細かな不満を訴えているのかもしれない。

 以上を総合すると、精神科病院の食事そのものには、特筆すべき問題はないようである。しかしながら、食事を含む生活環境は、落ち着いて味わって幸福感に浸れるようなものではない場合が少なくなさそうだ。

入浴で浮世の憂さを流すことはできるか?

 入院中の入浴は、身体の清潔を維持するために重要だ。シャワーを使いたい時に使えることは、身体の健康レベルを高めるだろう。また入浴は、食事に次いで重要な入院生活のエンターテイメントとなりうる。特に日本の生活習慣のもとでは、浴槽になみなみと満たしたお湯に身体を浸すことの重要性は大きい。

 入浴と身体の清潔を重要視している精神科病院の場合、複数のシャワーブースがあり、プライバシーがある程度守られた環境で利用できる。シャワーとは別に、浴槽を備えた浴室があったりする。浴室は共同利用であったり、時間差で個別に利用するシステムであったりする。一般の病院、一般的な民宿やドミトリーと概ね同様であるようだ。

 数年前の最後の精神科入院を、「悪くなかった」と振り返るBさん(女性・30代)は、入浴について次のように語る。

「一人で、ゆっくり手足を伸ばして入浴したい時って、ありますよね? そういう時は、予約しておけば一人で入れるようになっていました」

 Cさん(女性・30代)は、「お風呂が、一番イヤでした」と語る。

 Cさんが入院していた精神科病院の閉鎖病棟には、6畳ほどの浴室と1畳ほどの広さの浴槽、シャワーのついた洗い場が3つあったという。一般家庭の浴室に比べれば大きいが、その浴室を、70名ほどの女性患者が利用していたのである。

「とにかく、看護師さんたちに『入りなさい』と言われて。シャワーも使えないくらい、ぎゅうぎゅう詰めにされていました」(Cさん)

 それでは、浴槽でリラックスするどころか、身体を充分に洗うこともできないだろう。そしてある日、一大事件が発生した。入浴していた入院患者の一人が、浴槽内で脱糞してしまったのである。スタッフは、軟便でも下痢便でもなかった便をすくい取ったが、浴槽内の湯の入れ替えは行われないまま、患者たちの入浴が続けられたという。

「その時、仲良しだった患者が浴室にいて、『ウンコを取り出したお湯がそのままだから、今日は入らないほうがいいよ』と教えてくれたんです」(Cさん)

 衛生的であることを病院に期待するのは、当然だろう。しかし、その「当然」は、日本のすべての精神科病院に通用するわけではないようだ。

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