「選択的夫婦別姓」を阻むネオリベ政策 自民党は「家族」になにを押し付けようとしているのか

文=早川タダノリ
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 にもかかわらず、「日本型福祉社会」の理念は、いまだに自民党のなかに生き残っている。

 菅政権発足時に掲げられた「自助・共助・公助、そして絆」スローガンはもちろん、たとえば自民党が2012年に発表した「日本国憲法改正草案」では、現行憲法の第二四条を「家族は社会の自然かつ基礎的な単位として尊重される。家族は互いに助け合わなければならない」とする「改正」案が提示されていた。

 「家族は社会の基礎的な単位」――そう、前回に見た山谷氏の毎日新聞談話でも「家族という社会の基礎単位」として強調されていた部分である。家族を「社会の基礎的な単位」として位置づけるばかりか、憲法にまで家族間の扶助=自助を盛り込もうとしていたのだ。

 一方、日本会議系イデオローグたち、例えば八木秀次(麗澤大学経済学部教授)氏は「「家庭基盤の充実」政策で国家崩壊の危機乗り越えよ」(2011年、一般社団法人平和政策研究所オピニオン)と一貫して強調している。

 また同じく日本会議系イデオローグとして知られる高橋史朗(元麗澤大学大学院学校教育研究科道徳教育専攻特任教授、一般財団法人親学推進協会会長)氏は、「「自助から共助、共助から公助」への「日本型福祉社会」の実現を目指し、「家庭基盤の充実」を重視した大平正芳政権の政策を再評価し、経済優先の価値観とは異なる幸福の物差しを取り戻し、家族(親子)の絆を再生する少子化対策のパラダイム転換が必要」(産経新聞2018年2月21日付寄稿)と述べている。

 彼らもまた、明らかに復古的な「日本の伝統的家族」の規範をふりかざしながらも、実際に推しているのはネオリベ――というねじくれたことをやっているわけである。

夫婦別姓反対派は何を恐怖しているのか、再び

 昨年暮れの第5次男女共同参画基本計画策定過程で、自民党内に選択的「夫婦別姓」推進の動きが出てきたことを牽制するために、安倍政権時代には政権中枢と極めて近いブレーンであったと言われる極右系シンクタンク・日本政策研究センターの機関誌『明日への選択』には、「新たな「家庭基盤充実」構想が必要だ――大平内閣時代の報告書『家庭基盤の充実』は、今後の社会像の重要な大きな手がかりとなる」(小坂実・日本政策研究センター研究部長)というモロなタイトルのオピニオン記事がでた。

 この記事の末尾は、次のように締めくくられていた。

「自助、共助、公助」の社会像を掲げ、少子化克服をめざす菅政権を支える自民党が今なすべきは、21世紀の新たな「家庭基盤充実」構想を描くことであって、家庭基盤の更なる弱体化と少子化を助長しかねない別姓導入に加担することではない。(『明日への選択』2020年12月号)

 ここで、夫婦別姓反対と「日本型福祉社会」理念とがみごとに結合している。ネオリベ的福祉切り捨て政策は、それを補完する「家族が崩壊」されると大いに困ってしまうのである。

 「親の面倒は子どもが見る」的な古くさ~い家族観を再び押し出し、「家族」を最大限に持ち上げながら、しかし実際の福祉政策はガチなネオリベで予算の伸びは可能な限り抑制する――言い換えれば、ネオリベ的福祉政策による犠牲を個別の「家庭」へと転嫁し、矛盾を「家族」に押し込める基盤とするためにこそ、ことさらに「家族の絆」が「伝統的家族」像の外皮にくるまれて強調されているのにほかならない。

 「夫婦別姓にすると家族が崩壊する」とかいう以前に、「家族」を、そして人間を、ネオリベ福祉政策でガンガン追い詰めてきたのが自民党であり、それをイデオロギー的に下支えしてきた右派系文化人たちではないか。自分たちがさんざん家族を「崩壊」させてきたくせに、あたかも「日本の伝統的家族」の守護者であるかのような顔をしてしゃしゃり出てくるのは、ちゃんちゃらおかしいのである。

(早川タダノリ)

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