ネオナチだけではない、ドイツの多様な陰謀論者 民主主義への不安に忍び込む極右の影

文=河内秀子
【この記事のキーワード】

現在もドイツ帝国が存在すると主張する「帝国市民」とは

ネオナチだけではない、ドイツの多様な陰謀論者 民主主義への不安に忍び込む極右の影の画像7

写真:ロイター/アフロ

 そもそも「帝国市民」とはなんなのか。

「帝国市民 Reichsbürger 」や 「自治市民 Selbstverwalter」という人達は、歴史的なドイツ帝国を引き合いにだし、様々な陰謀論の“論拠“によって、ドイツ連邦共和国の存在とその法制度を否定する人達のことである。民主的な選挙によって選ばれた議員の正当性を否定したり、自分たちはドイツ連邦共和国法制度の外にあるとして、様々な犯罪行為を正当化する。その主張自体の歴史は長く、第二次世界大戦後すぐから存在していたという。

 「帝国市民によれば、全てのドイツ人は世界の陰謀の犠牲者なのですが、ここではドイツ連邦共和国がその陰謀の一部を担っているところが特徴です」とギンスブルク氏。

  その典型的な主張とその根拠をチェックしてみよう。

「ドイツ連邦共和国は主権国家ではない」
「だからドイツ帝国はまだ存在する」
「だからアメリカに操られている」

 第二次世界大戦後、米英仏ソの戦勝四か国によって分割占領されていたドイツは、冷戦のなかドイツ連邦共和国(西ドイツ)とドイツ民主共和国(東ドイツ)に分断されてしまったため、平和条約の締結は将来に持ち越された。だから連邦共和国は存在せず(あるいは非合法であり)、ドイツ帝国が存続しているのだ、というのが「帝国市民」の主張である。そもそもこの主張自体が屁理屈、あるいは法の曲解なのだが、1990年に東西ドイツが統一され、英米仏ソの4カ国はベルリンを含めドイツでの特権を放棄してドイツ連邦共和国が「完全な主権」を獲得するに至って、完全に根拠は失われている。

 こういった複雑な歴史から、国自体はドイツ帝国がいまも現存していて、ドイツ連邦共和国は主権国家ではなく有限会社(GmbH)であり、アメリカから操られているという主張も根強い。この論拠として「身分証明書」を指すドイツ語がペルゾナールアウスヴァイス(ペルゾナール、には職員、と言う意味もある)だということや、米国諜報機関に関する監視を常に受けているからだと言う帝国市民もいる。

見逃されて来た帝国市民の危険性と、意外な顔ぶれ

「帝国市民は、仲間内で王様や大臣を選出したりパスポートを作ったりしています。そういった発想がおかしすぎて、危険性が見逃されていたんです。2016年に南ドイツ、バイエルン州で、帝国市民の家に捜査が入った際に撃ち合いになり、2人の警察官が重傷を負い、1人は亡くなったことで、やっとその危険性が広まりました。それでもまだ、真面目に考えるには常軌を逸していて、社会の端っこにいる人達だというイメージが強いようですね」

 この事件があった後、劇監督であるギンスブルク氏は、帝国市民シーンに潜入することを思いつく。数週間いれば、ある程度はわかるだろうと考えていた彼の期待は裏切られ、結局9カ月間ドイツ中の帝国市民を見ることになった。この話は彼の著書「帝国への旅」にまとめられている。

「社会からドロップアウトした人や、税金を払いたくないからドイツの法律に従わないと言ったりするおかしな人達が「帝国市民」のイメージかもしれませんが、それは氷山の一角です。私が最初帝国市民の集まりに出かけたとき、道を間違えて来ちゃったの?と思うようなドレッドロックの若者とかがけっこういて驚いたんです。エゾテリック(スピリチュアル系)な人たち、そして、”ふつう”の人たち。私が9カ月の間に出会ったのは、ちゃんとした生活や仕事があって、自分が帝国市民だということは決して口外しないような人が大部分でした。外で帝国戦争旗を振り回しているような人たちとは違います」

 もちろん、帝国市民のイデオロギーはこれまで一般に受け入れられていたわけではない。しかしそこに、コロナが登場する。目に見えない、味もない、陰謀イデオロギーを広めるのに最適なテーマだ。そして同時に、自分たちの権利と日常を制限しなければならないという悩み。複雑で複合的でなかなか理解もできないテーマに、悪者と戦うという簡単でわかりやすい解決法を与えてくれるのが陰謀論なのだとギンスブルク氏は解説する。

トランプ大統領に見せるために、ドイツ連邦議事堂を取り返そう!

 政府のコロナ対策措置に反対するデモに参加する”ふつうの人”たちは、政治家やウイルス学者といった「上にいるあいつら」に対する怒りと大きな不安を抱えている。「デモの中にちょっと極右がいるかもしれないけれど自分は違う」と思っていても、1日中、不安を説得してくれるような極右的な演説や様々な陰謀論を聞かされ続けたら、帰る頃にはすっかりそのイデオロギーが刷り込まれてしまう。SNSでも同じようなことが起こっていると、ギンスブルク氏は言う。

 彼らと帝国市民を結び付けるものは、現在のドイツ、ドイツ連邦共和国への疑惑であり、彼らを否定することによる自己全権化(Selbstermächtigung)だ(これは英語にすると「セルフエンパワーメント」だが、帝国市民の場合は、国を認めないので自分のルールで決定する(例えば、自衛権があるとして家宅捜索に入った警察官に銃口を向けるなど)という曲解である)。

 8月27日「シュトルム・アウフ・ベルリン(ベルリンに突撃せよ!)」でドイツ連邦議会議事堂になだれ込もう!と呼びかけたのは、帝国市民と近しいことで知られる、代替医療の医療士の女性だった。

「わたしたちは戦いに勝った!」と彼女はマイクを持って呼びかけた

「今日、私たちはここで歴史を作るんです!周りを見回してみてください。警察は皆ヘルメットを脱いでいるでしょう?ベルリンにトランプ大統領が到着したんですよ!大使館は封鎖され、もう私たちは戦いに勝ったも同然です。みんながここにいるって証明しないと。私たちの議事堂を取り返さなきゃ。平和的に議事堂の階段にのぼってトランプ大統領に世界平和を望んでることと、もううんざりしているって見せましょう!」

 トランプ元大統領を救世主として崇める、Qアノンとの繋がりがここにも見られる。

 彼女は、前日にアップした動画で、「明日、ドイツ連邦共和国のフェイク政府を処理してしまおう。私たちは平和条約が欲しい」と、帝国市民に典型的な言葉を並べていたという。このデモでは、ロシア大使館の前にも多くの人が集まり「平和条約!」と口々に叫んでいた。その中には、コロナ禍でいっきに陰謀論へと傾倒し「ウルトラ極右」を自称するヴィーガンのコック、アティラ・ヒルトマンらの姿も見える。

1 2 3 4

「ネオナチだけではない、ドイツの多様な陰謀論者 民主主義への不安に忍び込む極右の影」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。