
© 2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED
2020年は“ガラスの天井”(本人の資質に関わらず、社会的マイノリティ及び女性の行く手を阻む社会的障壁を指す言葉)にまなざしを向ける韓国映画作品が話題を呼んだ一年だった。
1994年のソウルに暮らす少女の姿を通じ、急速な経済成長で世の中が変わりゆくなか“家父長制”という変われない社会構造の歪みをあぶり出す『はちどり』や、男性優位社会において女性が日常的に経験する性差別を克明に描いた小説『82年生まれ、キム・ジヨン』の映画化作品などは、ここ日本でも大きな関心を集めた。
そして本稿で紹介するこの『野球少女』もまた、“ガラスの天井”の在り方に目を向けさせる韓国映画である。本作は、韓国文化体育観光部が主催する男女平等映画イベント「ベクデルデー2020」において韓国映画監督組合が選出した性平等に取り組む10作品のひとつとして、『はちどり』や『82年生まれ、キム・ジヨン』とともに名を並べた。

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『野球少女』のタイトル通り、野球をする少女の物語が描かれる本作において主役となるのは、韓国で20年ぶりとなる高校野球の女子選手チュ・スイン。134キロの球速を記録し、高い回転数が持ち味の世界でも有数のピッチャーだ。
プロ球団入りを夢見る高校3年のチュ・スインだが、指名されたのは“天才野球少女”と称えられた彼女ではなくチームメイトで幼なじみのイ・ジョンホだった。幼い妹と宅地建物取引士の資格勉強に打ち込む父親の生計を一手に担う母親から「卒業したらどうするの?」と迫られながら、プロ野球選手への道を捨てないチュ・スインはプロチームの入団テストを申請するものの「女子だから」という理由で追い返されてしまう。そんな折に現れた野球部の新コーチ、チェ・ジンテから「女子かどうかは関係ない。お前には実力がない」と断言された彼女は、最大球速を更新するため日夜練習に打ち込む──。
作中、観客の心に大きな印象を残すのは、何といっても主演イ・ジュヨンの放つ存在感と熱演だろう。日本でも大ヒットしたTVシリーズ『梨泰院クラス』のマ・ヒョニ役でブレイクした彼女は、『野球少女』撮影にあたり40日間の特訓を行い、スタント無しでチュ・スインを演じている。

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このことについて、イ・ジュヨンは「この物語においては、主人公のチュ・スインが野球をすること自体がとても重要なポイントだと思いました。だから、野球のシーンを吹き替えにするような中途半端なことをすると、映画が伝えようとしているメッセージが色褪せてしまうのではないかと考えたのです」と語っているが、この彼女の言葉こそが本作の真髄を物語っているように感じられる。
本作では、プロ野球選手の夢を抱くチュ・スインの行く手を阻もうとする“ガラスの天井”が描かれている。その一つは、野球の世界が男性主義的価値観によって構成されている点だ。そのことは、「女子だから」という理由で入団テストを門前払いされてしまうことのみならず、唯一の女子部員である彼女はトイレの一角を更衣室として使用していたり、また大人数部屋に宿泊する他の男子部員に対し一人部屋の宿泊費が捻出できないという理由で合宿への参加を断念せざるを得ないことなどにも表れている。
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