結婚して異性愛者の特権の大きさを自覚した話

文=原宿なつき
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 「あなたは特権集団に属しており、抑圧の構造の一端を担っている」「抑圧から不正に利益を得ている」と指摘されて、すんなり受け入れられる人はどれくらいいるだろう。

 特権集団に属している人は、その特権ゆえに、抑圧の構造を自覚しにくく、公正世界仮説(この世界は公正で、人間の行いには等しく公正な結果が帰ってくるという仮説)を信じやすい。また、今の自分があるのは、自分の努力ゆえであり、特権があったからではない、と思い込みがちだ。

 しかし現実を見ると、現代社会は差別や抑圧の構造があり、公正ではない。

特権集団(マジョリティ)と劣位集団(マイノリティ)

 『真のダイバーシティをめざして 特権に無自覚なマジョリティのための社会的公正教育』(出口真紀子監訳 田辺希久子訳 上智大学出版)において、著者のダイアン・J・グッドマンは、構造的抑圧を排除し社会的公正を実現するためには、特権集団の意識および行動改革こそが求められると述べている。

 差別や抑圧、不平等を是正しようとするとき、マイノリティ側の被っている悲惨な状況にスポットが当てられることは多いが、不当な特権を得ているマジョリティ側について語られることは少ない。

 本書では、マイノリティとマジョリティを劣位集団と特権集団とも表現している。たとえば、人種差別においては、白人が特権集団、アフリカ、アジア、ラテン系などが劣位集団、(アメリカで書かれた本なので。日本だと別の種類の人種差別が考えられる)性差別においては男性が特権集団、女性が劣位集団、異性愛主義においては異性愛者が特権集団、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、アセクシャルが劣位集団、年齢差別においては若者が特権集団、障害のある人が劣位集団に置かれる。

『真のダイバーシティをめざして 特権に無自覚なマジョリティのための社会的公正教育』(出口真紀子監訳 田辺希久子訳 上智大学出版)

特権集団が抑圧の構造から得ているのは、特権だけではない

 つまり、ほとんどの人は、何らかの特権集団に属していると同時に、何らかの劣位集団にも属しているというわけだ。異性愛者の健康な白人男性であれば、一見特権集団にしか属していないと思いがちだが、年を重ねる過程で、障害者差別や年齢差別に直面する可能性はおおいにある。

 また、特権集団は抑圧の構造から不当な利益を得る(高い賃金、職、地位など)と同時に、抑圧コストとも言える不利益を被っていることも指摘されている。たとえば、「与えられた役割に自分を合わせなければならない」ため、健全な自己像が育めない可能性がある。同性愛者だと思われないために、望んでいないけれどホモソーシャルな言動に身を委ねる、といったことがその一例だ。

 どんな特権であれ、特権集団の人々は、他者を貶めることで肯定的な自意識を保っていることが多く、マイノリティや非抑圧集団への人々への恐怖心を抑え込もうとして、不健全な心理的メカニズム(拒絶や偽りの正義感、投影、乖離、非難の転嫁)を発達させる傾向にある、という研究も本書では紹介されている。特権集団が抑圧に無自覚であることで、支払う代償は少なくない。

 劣位集団に置かれた人たちの被る不利益には言及するまでもないだろう。ゆえに、公正な社会を目指すことは誰にとっても理にかなったことなのだ。

特権は気づきにくい

 ところで、私は異性愛主義においては、異性愛者であるという特権を持っており、性差別の文脈においては女性であるため劣位集団に属する。劣位集団に属するため性差別には敏感であったが、異性愛者であることから得られている特権には無自覚だった。

 よく考えてみれば、異性愛者として得られる特権は大きい。最近結婚したのだが、その際、私は「打ち明けるべきか」という葛藤を感じることなく、友人に報告することができた。親族からは祝福された。結婚式をしないということで、友人たちから祝い金が送られてきた。祝い金は合計すると50万程度になる。これが同性愛者であれば、日本の法的な結婚という制度は使えない。恋人ができたことを親しい人に伝えることさえ躊躇する可能性もあるし、祝い金が送られてくることもないかもしれない。

 以前、「レズビアンって結婚式しがちだよね(笑)」というツイートを見たことがあるが、結婚式をしがちなのは、どう考えても同性愛者ではなく異性愛者である。これは、特権集団に属する人の典型的な態度だ。

 つまり、同じ行為をしても、特権集団と劣位集団では、まったく違う意味づけがされるのだ。本書によると、白人なら「やり手」とされるところをアジア人の場合「ずる賢い」と表現し、キリスト教徒は「倹約家」でユダヤ教徒は「ケチ」なのだとか。女性なら「陰険。女同士のドロドロ」と表現されるところを、男性なら「仕事熱心、戦略家」と表現される(例:半沢直樹)とか、女性なら「ビッチ、あばずれ」なのに男性なら「英雄色を好む、据え膳食わぬは男の恥」という表現もある。このように、特権集団は、自分たちの特性を好ましいものとして持ち上げ、他集団の特性は歪め、蔑む。

 異性愛者が結婚式をするのは普通で、同性愛者がするのは「(笑)」と表現することは、自身の特権に無自覚ゆえだ。

 私自身、『ザ・ポリティシャン』(Netflix)というドラマを見て、自分の特権の無自覚さに気づいた。本作では、主な登場人物がほぼすべてレズビアンかゲイかバイセクシャルだ。最初「同性愛者が不自然なくらい多い」と思ったのが、よく考えれば、9割の作品は、現実の同性愛者の割合に比較すると、不自然なほど異性愛者だらけだ。そのことはまったく意識していなかった。意識しないでいられる、それが特権の特権たる所以なのだろう。

 公正な社会、生きやすい社会を目指すなら、まずは自身の特権に自覚的になり、抑圧の構造について再検討する必要がある。

特権に無自覚な特権集団にイライラするのをやめる方法

 公正さは、特権集団をも解放するものである。特権集団が特権に無自覚な状態こそが劣位集団にとって生きにくい社会を築いているのだから、変わるべきは特権集団側の意識である!……といった考えのもとに生きていると、特権に無自覚な特権集団の一員に対し、イラついたり、説教したり、論破したくなったりすることがあるかもしれない(私はあったし、未だにたまにある)。

 しかし、「これだけ不公正がまかり通っています! あなたは無知すぎる!」といったデータを特権集団の一員に見せたり、説得しようとしたりしても、たいてい無駄である。なぜなら、人は、何かを強制されていると感じたとき、抵抗したい、その場から立ち去りたいと思うからだ。

 ではどうしたらいいのか。そのヒントが『真のダイバーシティをめざして 特権に無自覚なマジョリティのための社会的公正教育』には示されている。社会的公正教育の教育者に向けて書かれた本だが、「親しい人と、人種差別、性差別、年齢差別、異性愛主義、異文化差別などについて語り合うとき、いつもイライラしてしまうし、わかってもらえないと感じる」という人にも、コミュニケーションを円滑に進めるヒントとして活用できると思う。「はい、論破」的、勝ち負けにこだわるコミュニケーション以外の方法が多数紹介されている。

 偏見による差別発言への対処法(10章)も紹介されているので、「あのときうまく対処できなかった」と思い出して後悔している人も一読の価値があると思う。答え方の幅を広げていくことで、適切な対処法が見つけられるようになるだろう。

 一度失敗したからといって気にやむ必要はない。同じような場面に遭遇する機会は、これからも必ずあるだろうから、そのときにリベンジすればよいのだ。

(原宿なつき)

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