恋人ができてもマッチングアプリをやめない。「満足できない消費者」的態度の流行

文=原宿なつき
【この記事のキーワード】

GettyImagesより

 友人の20代男性は何年にもわたってマッチングアプリを使っていて、元カノはTinderで出会った子。彼女は、乃木坂だか日向坂だかのグループにいそうな美女だったそう。別れた理由は、彼が転勤になったからで、別れてすぐに彼はアプリを使って新しい誰かを探した。ちょっといい子が見つかったら、「もうアプリやめたから」と言ってその子をブロックし、キープしつつ新しい出会いを探したこともあったと言う。

 別の友人男性は、彼が勤める歯科医院の院長が歯科衛生士と不倫していることを知り、半ば羨望を込めた口調で「すげえ」と言った。

 テレビで活躍する既婚の芸人は、自らが浮気していることをほのめかされると、「やめろやー」と嬉しげに言う。

 「誰かひとりにコミットしないことが男らしい態度だ」という価値観が共有されている時代に、こういった態度は珍しくない。しかし、「コミットしないことが男らしい態度だ」という価値観は普遍的なものではない。

 「恋愛に対する男らしい態度」は時代や場所が変われば、真逆にもなり得ると、スウェーデン発のコミック『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』(リーヴ・ストロームクヴィスト作 よこのなな訳 花伝社)は教えてくれる。

【男らしさの変化】2日しか会ってない女性にプロポーズ→コミットを避ける

『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』(リーヴ・ストロームクヴィスト作 よこのなな訳 花伝社)

 本書によると、19世紀の西洋社会で、「男らしいふるまい」だと賞賛されるのは例えばこういう態度である。

・2回しか会っていない女性に、堂々とプロポーズする
・「あなたのお名前は私の心に消せない文字で刻み付けられている」など、ロマンチックに感情を表現する

 つまり、「自分の決断に自信を持ってプロポーズし、強い感情を表現する」ことこそ男らしい態度だとされていたのだ。

 一方、現代社会では、西洋でも日本でも、感情を内に秘めている方が男らしいとされるようになった。また、すぐに結婚を含むコミットをしたがるよりも、「できれば結婚は避けたい」「ひとりの人に縛られたくない」とする方が男らしいとされるようにもなった。

 そうなると、異性愛の文脈においては、コミットしようとする女性のリスクは高くなる。そこで出てきたのが、のちに映画化された書籍『そんな彼なら捨てちゃえば』(祥伝社 原題He’s Just Not That Into You)的態度だ。

新しい「男らしい恋愛」に対する対応策は、「秒で新しい男を見つける」?

 『そんな彼なら捨てちゃえば』では様々な女性の悩みが紹介されている。彼からの連絡がない。仕事が忙しくて構ってもらえない。結婚したいけれど彼はまだ心の準備ができてないみたい。彼には奥さんがいるけれど私のことが一番大切だと言ってくれている。いつまで待つべき?……といったような。

 それら多種多様なお悩みに提示される回答はいつも同じだ。He’s Just Not That Into You(彼はあなたに夢中になってないだけ)。あなたを不安にさせるような相手は、あなたに夢中になってない。だから、(もっと夢中にさせるべく魅力を磨くのではなくて)次に行くべきだ、と本書は力強く後押しする。

 「私、待つわ」ではなく、「彼は私に興味がない。じゃあ、彼を捨てよう。そして、別の人を探そう」という態度が、ここしばらくの流行だ。

 『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』では、ビヨンセの『Irreplaceable』という曲を例に上げている。歌詞を要約するとこうだ。「浮気してたよね。あなたは自分のことIrreplaceable(取り替えられない)存在だと思ってるけど、私のこと何もわかってない。なめすぎ。秒で新しい男見つけるから。バイバーイ」。

恋愛のトレンドを見極める

 自分のことをないがしろにする人とコミットしようとしても、傷つくだけだ。だから、さっさと別れた方がいい。これは、至極真っ当な考え方に思える。

 しかし、男性にとって情熱的にひとりの女性に求愛することがなんとなくダサいことで、様々な相手と浮名を流すことが男らしいことであり、女性が「あなたの代わりはいくらでもいる」と考えることで強さと自立性を保とうとする流れは、「代わりの効かない誰かと恋に落ちる」というロマンチックさとは無縁だ。その流れを、インターネットやマッチングアプリ、結婚相談所などの出会いツールが後押ししている。マッチングアプリは、「相手はいくらでもいる」「もっといい人がいるかも」という思いを加速させる。

 『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』では、そういった人々の恋愛に対する態度を「消費者的態度」と描写している。

 消費者的態度を選択すると、他者は「自分を変えてくれるかもしれない無限の可能性をもった未知なる存在」ではなく、「他の人と入れ替え可能な対象物」に成り下がる。そうなると、出会うことのハードルは下がると同時に、「ひとりの人と恋に落ちる」ことに対するハードルは劇的に高くなる。

 それは少し、寂しい気もする……という人には、『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』をぜひ読んでいただきたい。へーゲル、キルケゴール、プラトンなど、古今東西の言説から「なぜ今、恋に落ちることがこれほどまでに難しくなっているのか」を多角的に見つめ直した本書を読むことで、逆説的に「恋に落ちやすくなる」条件も見えてくる。(また、同じ作者の前作、『禁断の果実』も超面白いのでついでにどうぞ。こちらは、生理、女性器、女性のオーガズムについて多くの学術研究を引用しながら知られざる事実を紹介した一冊。)

 しかし、「ひとりの人と恋に落ちる」ことが素晴らしいという価値観もまた、流行に過ぎない。『男たち 女たちの恋愛 近代日本の自己とジェンダー』(田中亜衣子 勁草書房)によると、明治以前、LOVEの訳語である恋愛が西洋から入ってくるまでは、日本には恋愛という概念がなかったらしい。色や欲、という概念はあったが今の恋愛とは違うものだったし、夫婦は、生活を営むための共同体でしかなかったため、恋愛なんて必要なかった、という。夫婦愛という概念が発明されたのも、明治以降だ。夫婦愛という名前のもと、男性は滅私奉公的に働き、女性は家庭を安らげる場所にするために奉仕することが尊いとされたのだ。

 恋愛に対する価値観は時代とともに変わる。今現在、「男性にとって情熱的にひとりの女性に求愛することがなんとなくダサいことで、様々な相手と浮名を流すことが男らしいこと」という価値観を、古臭いと感じる人も少なくないだろう。「上司が、恋愛話ばかりしてきて、興味ないのに……」と「若者の恋愛離れ」を懸念する恋愛至上主義の上の世代を疎ましく感じる声も聞く。

 ファッションのトレンドほどわかりやすくはないが、価値観のトレンドも、時代とともに変わる。ファッションのトレンドは、アパレル企業によって仕組まれているが、恋愛に対する価値観も、社会制度や政策に仕組まれている面もあるだろう。

 ただ、カジュアルが流行だからといってスニーカーばかり履き続ける必要がないように、トレンドを取り入れるかどうかは、究極、自分次第でもある。トレンドを無視することは難しいが、乗るか乗らないかを決めることはできるのだ。

(原宿なつき)

「恋人ができてもマッチングアプリをやめない。「満足できない消費者」的態度の流行」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。