
ハミ山クリニカ『汚部屋そだちの東大生』(ぶんか社)
「何のために東大生になったわけ?」「ママを幸せにするためだよねえ?」というセリフが、ドーン。こんな露骨な圧、地獄だな! これは明日、3月10日にぶんか社より発売される『汚部屋そだちの東大生』の冒頭です。
「愛すべき美しいママを捨ててしまう物語」と語られていくこの漫画は、著者のハミ山クリニカさんの半自伝的物語。母親とふたりで暮らすマンションの部屋は、バイオハザード発生レベルのゴミ屋敷。
ゴミの山で室内に「地層」ができ、水周りや家電はほとんど機能していない。冷暖房も使えず、勉強するのは布団の上。40リットルのゴミ袋16個分のものを捨てても、室内の状況はほぼ変化なし。なんとか挑戦してみて初の料理を作るものの、買ってきた調理器具は即ゴキブリまみれ……。
そしてそれ以上に理解できないのは、甘やかすようでいて、支配的な親との暮らし。大学入学を機に自立していこうとする中、母親から冒頭のように詰め寄られるのだ。
子どもが不自由していても、自分の幸せが最優先。子どもは親を幸せにするために存在している……。
言い方やニュアンスは多少違えど、あれまこれってば、スピリチュアル界隈でもすごくよく見かけるヤツぅ~。要は「子どもは親を幸せにするために生まれてきた」なる発想と地続きにあるのではないでしょうか。当連載では主にそれを布教する人たちの言動をウォッチングしていますが、今回は「それを押し付けられてきた子どもの心情」を知るべく、ハミ山さんにお話をうかがいました。

ハミ山クリニカ
東京藝術大学美術学部中退、東京大学理学部卒業。既刊『心の穴太郎』(さくら舎)ほか、お笑いのラジオとSF小説が好き。@killinka
※一部、マンガのネタバレを含みます。ご了承のうえ、お読みください。
――この作品では、汚部屋での暮らし、そしてご自身と毒親の関係が描かれていましたね。昨今こうした「毒親」をフォーカスした作品が数多く発表されていますが、ハミ山さんがあえて今、描こうと思った理由は?
ハミ山:毒親をテーマにした漫画を読んでいると、まるで鬼婆みたいにすごいデフォルメされたキャラクターが出てきますよね。でも、生まれた瞬間から悪意の塊みたいな人ってそうそういなくって、毒親にも背景があるはずです。毒親本人にも子ども時代があり、成長していく中で思い通りにならないことや辛いことがあり、結果毒親になった。それらを省略されているような描写に違和感をおぼえ、もう少し客観的に書きたかったというのがあります。
――「ママを幸せにしなくてはならない」「ママの思い通りにならないといけない」という圧をかけられ、支配・束縛・搾取されるエピソードがどれも強烈でした。子離れできず、子どもは自分を幸せにしてくれる存在だと信じて疑わないお母さん。そうなるに至った理由は、外に家庭を持っていたお父さんとの関係だと示唆されているわけですが、子ども目線からの観察が、淡々としている分妙にリアルでした。
ハミ山:たぶん、自分にすごく自信があって友人とか夫とか親とか「自分を受け入れてくれてる人がいる」と感じていれば、そうならないのではと思っています。平たく言うと「自己肯定感」という話になるんですけれども、やはりそこだなと。
親にとって子どもって本当は他人のはずなんだけれども、そこが分離できていないのは寂しい人なのかなと。子どもが他人になっちゃうのが怖い、この子はいつまでも自分の味方でいてほしいみたいな。私は母のそういった欲求を受け入れていたので、完全に共依存の関係になっていました。私が味方にならないと、誰もお母さんの世話をしない。そばにいてあげる人がいない。「それを放棄するのはすごく罪なことだ」と当時は感じていたんです。毒親と離れられない当事者たちの多くは、渦中にいてそう感じているんじゃないでしょうか。
客観的に見れば十分酷いことをされているんですが、マンガみたいなステレオタイプな鬼婆ではないので、やっぱりお母さんのことは好きなんですよ。だから離れるのがつらく、余計にズブズブな関係になってしまう。でもひどいことをされているのは事実で、まだまだこれから先続く自分の人生と天秤にかけたとき、どうするのか。母が死ぬまで待つのか? そうして母から逃げ出したわけです。鬼婆タイプの場合は恐怖に支配されるといったケースもあるんでしょうけど、決別は楽な気がします。