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新型コロナウィルスの感染拡大を受け、孤立しがちなひとり親世帯。そんなシングルマザー同士を繋げ、心身のセルフケアプログラムをオンラインで立ち上げたのは、「シングルマザーズシスターフッド」の吉岡マコさんだ。
弱者が追い込まれる社会で必要なのは、自己犠牲ではなくセルフケア「シングルマザーズシスターフッド」吉岡マコさんインタビュー
新型コロナウィルス流行長期化の影響下で誰もが生活に不便を強いられ、多くが経済的な苦境に立たされている。社会全体が苦境にある時、最も影響を受けやすいのは…
シングルマザーズシスターフッドのプログラムに半年以上継続して参加しているという人がいる。現在高校1年生の男の子を育てている小泉しのぶさん(45歳)。小泉さんは、息子が小学校2年生の時に夫と別れ、ひとり親になった。中学に上がると息子は不登校に。中学3年生になってから初めて、息子に発達障害があるということが判明した。
小泉さんは、前出の佐藤さんと違い、女手一つで息子を育てることの苦労を、これまでほとんど誰にも共有してこなかった。地方都市の狭いコミュニティの中で、ひとり親であることや子どもの抱える問題を気軽に話せる場がなかったのだという。
中学に上がってから息子の様子がおかしくなった
「元夫と別れたのは、息子が小学校2年生の時でした。当時、精神疾患があった元夫が息子に対してきつく当たることが多くなって、どんどん萎縮していく息子をみていられなかったんです。もともと病気持ちの夫に代わって私がフルタイムで働いていたし、子育ても自分が担う方が多かったから、それなら息子と二人の方が楽だ、という思いもありました。もちろん子どもですから、お父さんが好きで一緒にいたい思いもあったのですが、実際、離婚後は息子が明るくなったと学校や学童の先生から言われたくらいでした」
ところが、息子が中学に上がった時、クラス担任から毎日のようにひどい叱責を受けるようになる。母である小泉さんも電話や面談で、「本人のやる気がない。集中しないし、提出物も出さない。怠けている」など散々注意を受けた。
そしてある時、担任に胸ぐらを掴まれるなど暴力行為とも言える過度な指導を受け、息子は学校に行けなくなった。
「学校側とも話し合いを重ねましたが、やはり男親がいないとなかなか対等に話ができないんですよね。もちろん学校側はそんなつもりはないのでしょうけれど……。あの時はシングルマザーであることがつくづく悔しかったです」
部屋から出てこない息子や学校からのプレッシャーに追い詰められる日々。反抗期も相まって母子で大喧嘩になることも多かった。精神的にボロボロでも、生活のために仕事は続けなくてはいけない。鬱々とした気持ちでいるせいか、職場でも人間関係がうまくいかなくなった。抗不安薬を飲みながら、仕事に行く。体調が悪化し、休憩室で横にならなくてはいけない日もあった。
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう。息子がこうなったのも私の育て方が悪かったんだ。私なんていなくなった方がいいんだ、って何度も考えました」
いっそ死んでしまいたいと、自殺防止の無料相談に電話をかけた。包丁を握りしめたことも一度ではなかった。
息子から思春期外来に行きたいと言われて
中学3年になった頃、息子が「心療内科の思春期外来に行ってみたい」と言った。
「友達が、『親が優しくなるから行ったほうがいい』って勧めてくれた」という。思い切って病院に行くと、息子は適応障害と診断され、検査の結果、ADHDと学習障害という診断も下りた。
「ショックというよりむしろ原因がわかって、私も息子もホッとしたんです。病院の先生が、『これまでうまくいかなかったのは、脳の特性のせいで、あなたのせいでもお母さんのせいでもないよ』と話してくださって。これからどう対応していけばいいか寄り添ってくれました。本人も安心したようでした。少しずつ元の明るさを取り戻していったように思います」
不登校でもいいからゆっくり充電することが大切という医師の言葉で気持ちが楽になったのか、息子は落ち着いていった。高校は自ら希望して好きなことが学べる通信制の学校への進学を希望した。小泉さんも、以前は参加しても泣いてばかりだった不登校の親の会で、前向きに子どものことを話せるようになった。
「小さな町ということもあって、シングルマザーの辛さや不登校など家庭の事情を周囲に話すことはほとんどありませんでした。職場でもそんな話はできないし。でも親の会に行くようになって、やはり当事者同士でしか分かり合えないこともあるんだ、自分だけじゃなかったんだと気持ちが少し楽になりましたね」
「自分が犠牲になればいい」は間違いだった
だが2020年春、緊急事態宣言後は職場に行けなくなり、不安が強まった。
「これからどうなるんだろうと怖くて。誰とも話せないのも苦しかったですね」
そんなとき、ひとり親支援団体のメールで、当時はマドレボニータの臨時プログラムだった「シングルマザーのセルフケア講座」の存在を知る。
「はじめはなかなか参加する気になれなかったんです。インターネットにも疎くて、オンラインで運動って? Zoomって何? というレベルだったので(笑)。知らない人とネット上で知り会うのも何か抵抗がありました。でも、何度目かのお知らせが来たとき、思い切って参加してみたんです。そうしたら、講師もすごく優しいし、すごく楽しくて。体を動かすなんて本当に久しぶりで、軽いストレッチなのにガッチガチな体がほどけていくのがわかりました。ずっと感じたことがないほどの開放感でしたね」
何度かクラスに出ると、インターネット上でも顔見知りが増えてきた。毎回、挨拶や、5分ほどのテーマについて話すだけだが、長い間こわばっていた心も緩んでいくのがわかったという。
「自分が話す時間は2分程度。世間話くらいしか話さないのに、楽しいんですよ。それぞれ皆さん、抱えるものはあるはずだけど不思議と暗い話にはならない。クラスの最後に画面のキャプチャ写真を撮るんですが、後で見ると笑顔の人ばかりなんですよね。私もそうで、写真を見て、自分の笑顔に驚きました。『あれ、私笑えてる』って」
長い間、心から笑うことを忘れていた、と小泉さんは言う。職場で必要に迫られて仕事相手に笑顔は作る。でも自然と湧き出るような笑顔など、もう長く作れていなかった。
「仕事をして子育てをする。それ以外、自分みたいなシングルマザーには許されないと思っていました。生活を回すには私一人が犠牲になればいい、とずっと思っていたんですね。だから、息子の不調があれば、自分のせいだ、自分なんていなくなったほうがいい、と思う。でも、そうじゃなかったんです。レッスンの時に、毎回『自分を大事にしていい』という言葉がキーワードのように参加者のみんなから出るんですよね。自分が幸せな気持ちにならなければ、家族や子供を大事にすることなんてできない、という意味が少しずつわかってきたんです」
仕事が辛い日は休んでもいい。子どもが部屋に引きこもっていても、親が楽しい時間を持ってもいい。むしろ親が自分のことに心を苦しめている姿を見せることの方が、子どもにとっては重荷だったりする。これまでとは真逆の思考回路ができた。
LINEやインターネットを通じて新しい友人ができ、ワクワクする気持ちが増え、小泉さんに笑顔が戻ってきた。新しい挑戦を始める意欲も出てきたと言う。ネット嫌いだったはずが、今後は、シングルマザーズシスターフッドとマイクロソフト社が共同で開発しているICTスキル習得とキャリア形成のプログラムへの参加を希望しているそうだ。
一方、息子は通信制の高校に入学して1年。自分のペースで授業に励み、先日は3泊4日のスクーリングにも参加して楽しんだと言う。
「ADHDがある子の傾向で、頑張りすぎて過剰適応で疲れてしまいやすいんですね。だから帰宅して1週間は寝込んでいました。でも本人は学びたいことを学べて、楽しそうだからいいかなと。それにあんなに喧嘩ばかりしていたのに、最近は一緒にご飯を食べながら親子で他愛ない話をしたり、雑談をしたりできるようになったんです。息子と仲がすごくよくなったことが本当に嬉しいんです。自分も新しいことに挑戦していきたいという気持ちがあるし、仲間とつながっていくことで、生まれ変わるチャンスを与えてもらったという気もがしています」
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今回体験談を話してくれた佐藤さんと小泉さん、二人のシングルマザーの立場はそれぞれ違う。ひとり親と行っても、経済状況や家族関係、健康状態などは本当にさまざまだろう。長く続くコロナ禍で貧困状態にあり、今日食べる物を買うことも難しいという人もいる。助けを求めようと手を伸ばすことさえできない状態の人もいるだろう。
シングルマザーの「心と体のケア」が社会的に後回しにされる理由は、おそらくいくらでもある。でも、シングルマザーズシスターフッドの吉岡さんがいうように、マイノリティであるからこそ、胸を張って人生を生きるためには、人とのつながりや自己肯定感が何より大切だ。
誰もがいつ、”マイノリティ”や”弱者”と呼ばれる人になるかわからない。私もあなたも、子どもを抱えて途方に暮れる可能性はいつだってすぐそばにある。
これまで取材に応じてくれた人たちは自分の病いと向き合い、わが子の病いや障害と向き合い、世の中に蔓延する病いに苦しめられ、時に絶望しながらも、自分を生きる軸を立て直してきた人たちだった。
そうした物語が編みなおされる過程で新しく生まれる日々の喜びや、発見を教えてくれた。私たちは生きている以上、病いや障害に無関係ではいられない。誰もが向き合っていくしかない。でもそれが「終わりじゃない」ということを、ここにご登場いただいた方々に教えてもらった。辛い体験を語ってくれた方々に感謝したい。