ケント・ギルバート提案「日本人の自信を取り戻す」歴史教育はなにを目指しているのか?

文=早川タダノリ
【この記事のキーワード】

 こうした「日本人の自信」喪失をいかにして克服するのか、ケント・ギルバートは次のように提案していた。

今の子どもたちが勉強している歴史の教科書を見てください。そこには日本の歴史上の英雄のイキイキとした姿はほとんど描かれていません。……私はアメリカ人ですからヒーローと呼びますが、母国の歴史に登場するヒーローは国民の誇りであり、自信の源ですよ。
アメリカの子どもたちだって「デイビー・クロケット」や「ワシントンの桜の木」から、誇りや自信、人として大切なことを学んでいるのです。
悲しいことに日本の学校教育にはそれがありません。つまり日本人は、歴史上のヒーローの物語を学ぶことで誇りや自信を身につける機会を奪われているのです。(前掲書、43-44頁)

 どうやらケント・ギルバートは、「英雄」的人物の物語を中心にした歴史教科書を提案しているようだ。

 それにしても、おそろしく古くさい歴史教科書の形式を持ち出してきたものだ。実はこの叙述形式の歴史教科書は、明治はじめから敗戦前まで、大日本帝国の国定教科書の王道的なパターンであったからだ。

 1879(明治12)年の「教学聖旨」ならびに「小学條目二件」によって、大日本帝国は国民教育における基本理念を確立するが、この「小学條目二件」の大意では

(1)仁義忠孝の心は人はみな持っているものであるが、幼少のうちからつちかい育てなくては他の物事ばかりが耳にはいってしまって、それからあとではいかんともすることができない。それゆえ、小学校ではおのおのの所持している絵画によって、古今の忠臣・義士・孝子・節婦の画像や写真を掲げて、幼年の生徒が入校した際にまずこの画像を示して、その行為や事件のあらましを説明し、忠孝の大義を第一に感覚させることがたいせつであって、こうしたならば忠孝の徳性を養成して物の本末を誤ることはないであろう。
(文部科学省「学制百年史 六 教学聖旨と文教政策の変化」による)

 というものだった。

 それ以前、明治最初期の歴史教科書は、神武天皇から始まるすべての天皇を項目としてあげ、その歴代によって日本の歴史を記述し、明治天皇まで122代に及ぶ天皇歴代記となっていた(下級用『史略』、明治5年)。

 それに対して「教学聖旨」「小学條目二件」以降は、その思想を継承しつつも同時に尊王愛国の精神の育成を基準として、「古今の忠臣・義士・孝子・節婦」すなわち「忠孝の大義」に生きた“忠臣モデル”を国民の典型として提示することによって、国民意識養成をより実践的に追求しようとしていたのである。

 以降この形式は、「大東亜戦争」期に刊行された第5期国定教科書まで、基本的なコンセプトとして踏襲されるものとなった。

 こうした歴史教科書の「英雄」の事績を軸にした叙述形式について、自身も戦時下教育体制に深く関与した教育学者の海後宗臣は、

歴史学習における人物説話の教材は特に重要視されてきていた。歴史は優れた人物、忠義の志があつく、一身を主君にささげた人物、全国を統一し時代を動かす権力をもった政治的人物、国体を護持するためにはその身をかえりみないでつとめた節操ある人物、このように歴史上屈指の人物がとりあげられて、その説話が教材として編成されていた。これらは史上の人物を模範とすることにおいて道徳的意味をもった教材ともなっていた。歴史は鑑として考えられ、史上の人物説話とそこから流れ出ている道徳の教えとは、児童を訓戒し勇気づけるものとみられていた。歴史教材はこのようにして道徳教授の役割を果すものでもあった。(『歴史教育の歴史』東京大学出版会、1969年、235頁)

 と述べている。

 このように、取り上げられる人物への感情移入を通じて「国史」への理解を深めるだけでなく、「古今の忠臣・義士・孝子・節婦」による美談を規範とする事実上の道徳教材としても、歴史教育は活用されていたのである。

  「英雄」的人物の美談・エピソードを積み重ねることをもって歴史教育にかえる方法は、恣意的に選択された「英雄」への共感をよびおこし、その「英雄」を道徳的な規範として児童・生徒に主体化させることを可能とする。

アメリカの初等・中等教育用の歴史教科書の中には、人物像にクローズアップされた構成になっているものがあるようだが、その伝記的記述や人物の選択が恣意的であることがすでに指摘されている(ジェームズ・W・ローウェン『アメリカの歴史教科書問題』明石書店、2003年)。

 ケント・ギルバートはこんな歴史教育が「日本人の自信を取り戻す」と信じているようだが、自分を歴史上の英雄(ヒーロー)に同一化させるとどうなるか。例えば政界・財界に多数出現している「坂本龍馬きどり」な人物群を眺めてみればいい。だいたいロクなことにならないと、私たちはすでに知っているではないか。

1 2 3

「ケント・ギルバート提案「日本人の自信を取り戻す」歴史教育はなにを目指しているのか?」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。