ケント・ギルバート提案「日本人の自信を取り戻す」歴史教育はなにを目指しているのか?

文=早川タダノリ
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 こうした英雄・偉人の美談を並べて歴史を描く形式は、しかし、昔のハナシではない。もちろん戦後も「偉人伝」や「まんが日本歴史」などの読み物メディアでは人物に軸をおいた歴史的叙述が生き残ってきたが、あからさまに「日本人の自信を取り戻す」的なナショナリズムを喚起する装置として位置づけられたのは、1996年に刊行された藤岡信勝・自由主義史観研究会著『教科書が教えない歴史』シリーズ( 産経新聞ニュースサービス)をひとつの画期とする。

 この自由主義史観研究会の元理事で神奈川県の公立中学校社会科教諭である服部剛の『先生、日本ってすごいね――教室の感動を実況中継!』(高木書房、2015年)では、「偉大な先人」の事績を教育に持ち込む「効用」がさらに赤裸々に語られていた。

 服部は同書の「あとがき」で次のように述べている。「わが国には偉大な先人や事例が数多く存在し、その事実をありのままに伝えるだけで大きな感動に打たれます」。「感動は心の中の邪なものを浄化させてくれます。美しい生き方に触れると生徒の心の中に行動の「美学」ともいうべき価値観が徐々に芽生えてきます」……。

 「心の中の邪なものを浄化」ってどれだけカルトなんだよと震撼せざるをえない。これはもはや公立中学校の「道徳」授業の範疇を超えている。まるで怪しい自己啓発セミナーのようだ。

 捏造された「江戸しぐさ」と同じく、「ちょっとイイ話」であればなんでもとりこむ傾向が教育現場で目につくが、保守系・右翼系団体はかなり前から、(歴史修正主義をきっちりブレンドした)「日本スゴイ」な美談コンテンツで教育市場に参入することに力を入れて取り組んできた。かつての「修身」で活躍した「佐久間艇長」などのコンテンツが平然と復活し、「よい日本人」を生産するツールとして機能させられようとしているのである。

 実際、先に挙げた『教科書が教えない歴史』シリーズがコンビニ本として再版された際、表紙には「こんな日本人がいた! すばらしい日本がわかる86のエピソード」と刷り込まれていた。読者に何を訴えたいのか、よくわかる。この20年間で再発明された「国民意識」を配給するイデオロギーが、私たちのすぐ身近に迫っているのだ。

 そしてこの自由主義史観研究会の代表であった藤岡信勝が主導する「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書『新しい歴史教科書』(自由社)市販本に、推薦メッセージを写真つきで寄せていたのがケント・ギルバートだったのである。

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(早川タダノリ)

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