ケント・ギルバート提案「日本人の自信を取り戻す」歴史教育はなにを目指しているのか?

文=早川タダノリ

政治・社会 2021.03.27 08:00

●日本人のつくり方(第5回)

 「自信を取り戻す」と聞くと、なによりもまず男性向け強精剤の広告が思い浮かぶが、そうした広告の表象を観察するかぎり、どうやら「自信」の源は男性生殖器が呈する特定の状態にあると推察される。

 家父長制が支配する、あるいは男根中心主義的な社会にふさわしい「自信」への臆面もない崇拝は、広告群のターゲットとされている中年男性の一人であるこの私からすると、とてつもなく恥ずかしいものである。

 ことほどさように「自信」とは恥ずかしいものだが、1990年代後半から現在まで、約四半世紀にわたって「日本人の自信を取り戻す」という怪しいスローガンが歴史修正主義的言説とワンセットで語られ続けてきた。

 「日本人の自信」とは何なのかさっぱりわからないが、薬品や塗り薬や不思議エキスではなく、「歴史教育」によって取り戻すことができるのだそうだ。

 そのうえ論者の多くは、歴史教科書を改造して学校で「自信」を取り戻すサービスをやるべきだと言っているのだから、さらにびっくりである。

「日本人には、決定的に自信が欠けている」理由とは

 そうした言説の最新版が、ケント・ギルバートと原邦雄の共著『日本人の自信を取り戻す「ほめる力」』(光文社、2020年)である。タイトルからして「自信」がみなぎりまくっている。

 本書は「ほめて育てる教育」=「ほめ育」を提唱する原が、あるパーティ会場でケント・ギルバートと知り合ったことが共著をつくるきっかけだったという。

私が「『すべての人はほめられるために生まれてきて、ほめ合うために存在する』という真理を追求し、世界中の人に伝えたいと思っています」とお話しすると、ケントさんは、「韓国や北朝鮮もほめるのですか?」とご質問されました。(前掲書、3頁)

 という初対面のエピソードからしてドン引きだが、それをきっかけにSNSでやりとりするようになり、やがて「「日本人が自尊心や自信を取り戻すこと」がこれからの日本には最も重要なことだ、という点で私たちの意見は一致し、今回の共著をお願いしたのでした」ということになったのだそうだ。

 前半は二人の対談、後半は原の「ほめ育」メソッドの紹介という構成になっているが、一貫して流れているのは次のようなコンセプトだった。

現在の日本人には、決定的に自信が欠けています。それは、ケントさんの言葉をお借りすれば、間違った歴史教育を受けてきたからです。それと同時に、私は「ほめ合う文化」がないためだと考えています。(前掲書、4頁)

 この「日本人には自信が欠けている」状態もよくわからないものだが、それが「ほめ合う文化」で解消されるのもなおさらわからない。減点主義に対して「ほめて育てる」ことの意義は否定しないが、「日本人の自信」といったナショナルでありかつその実態が不明な状況についても、「ほめる」が有効なんだーと驚くばかりである。

 本書で提示される「日本人の自信」をとりもどす不思議な処方箋の一つとして、ケント・ギルバートは「日本人の自信を取り戻す」歴史教育について述べていた。

原 今の日本の学校では、自信が育たないような教育がされているわけですね……。いったいなぜ、このような教育が行われているのでしょうか?
ケント それは太平洋戦争が終わったあとにアメリカの占領軍(GHQ)が行ったWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)の影響でしょう。
(前掲書、24頁)

 「WGIP」についてケント・ギルバートは別のところで次のように書いている。「戦後占領期にGHQは、検閲等を通じて日本人に施した「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)というマインド・コントロールによって、日本人を徹底的に洗脳し、武士道や滅私奉公の精神、皇室への誇り、そして、それらに支えられた道徳心を徹底的に破壊することで、日本人の「精神の奴隷化」を図ろうと試みた」(『まだGHQの洗脳に縛られている日本人』PHP研究所、2015年、13頁)。この「WGIP」は彼の世界観のなかでは万能ともいえるカードとなっており、たとえば2018年8月には彼はこんなツイートを残していた。

 ――「愛国心」「皇軍」「大東亜共栄圏」「八紘一宇」に抵抗を感じたらGHQの洗脳の影響下にあることになるらしい。もうむちゃくちゃである。

 けれども、このツイートにはそれぞれ数百人単位のリツイートと「いいね」がつけられ、疑問を呈した人には信者が「WGIPがわかっていない! あなたはまだ洗脳されている!」とギロンをふっかけていたのである。

 彼のものを丹念に読んでいる人ならば「ああ、またか……」としか思わない、お決まりのカードだ。この「WGIP」なる陰謀論的妄想の体系についてはすでに多くの批判があるので、ここではくりかえさない。〔賀茂道子『ウォー・ギルト・プログラム:GHQ情報教育政策の実像』(法政大学出版会、2018年)、能川元一「“歴史戦の決戦兵器”、「WGIP」論の現在」(塚田穂高編『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩書房、2017年))を参照〕

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早川タダノリ

2021.3.27 08:00

1974年生まれ。編集者。戦前から現在までの「日本的なるもの」言説に関心を持ち、各種プロパガンダ資料を蒐集。過去に日本がたどってきた歴史を踏まえながら、現代の「日本イデオロギー」を考察している。主な著書に『神国日本のトンデモ決戦生活』(ちくま文庫)、『「愛国」の技法』(青弓社)、『「日本スゴイ」のディストピア』(朝日新聞出版)などがある。

twitter:@hayakawa2600

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