日本人はなぜ有給休暇を取らないのか。テレワークでますます休めなくなる人たち

文=加谷珪一
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GettyImagesより

 日本は世界の中でも、もっとも有給休暇が取りにくい国として知られているが、コロナ危機によって海外旅行が大幅に制限されたことから、諸外国の有休消化も減少している。結果として、日本との格差が少しだけ縮まるという皮肉な状況となっているようだ。

日本は有給を消化できない国ナンバーワンだったが…

 旅行予約サイトのエクスペディアは、各国の利用者を対象に毎年、有給休暇に関する比較調査を行っている。それによると日本の有給休暇の取得率は3年連続で調査対象国中、最下位だった。

 日本はルール上、年間20日の有給休暇を取得することができるが、実際の取得率は50%程度となっており、半分しか消化できていない。一方、ブラジル、フランス、スペイン、ドイツなどは年間30日の有休が与えられており、それを100%消化しているので、日本との違いは歴然である。

 日本の特徴は、制度上はそれなりに有給休暇が設定されているにもかかわらず、現実には消化できないことである。

 例えば、シンガポールや韓国はルール上の有給休暇は年間15日と日本よりも少ない。だが、消化率が日本よりも高いので、現実には日本人よりも多くの休暇を取得できる。日本は実際には有休を取得できない社会であるにもかかわらず、表面的には欧米並みの目標を掲げ、取り繕っていると見なすこともできる。

 普通に考えれば、出来もしない目標を掲げて、毎回、達成できないという状況よりも、可能な目標を掲げた上で、達成に向けて努力し、徐々に目標を上げていく方がずっと建設的である。だが日本社会は決してそのような方向には動かず、常にタテマエを掲げ続けている。このあたりに日本社会特有の息苦しさが表れているといってよいだろう。

 過去の経緯はともかく、休めない国「ニッポン」の状況を少しだけ変える出来事が発生した。それはコロナ危機による海外旅行の制限である。

皮肉にもコロナ危機で海外との格差がわずかに縮小

 同社の最新の調査によると、2020年における有給休暇の取得日数はほとんどの国で減少した。有休消化が減った最大の理由は、コロナ危機の影響で旅行が難しくなったからである。

 これまで年間30日の有休を100%消化していたドイツやフランスは、5日ほど休暇が減って25日の取得にとどまる一方、日本は1日の減少で9日の取得となった。結局のところ日本も絶対値としては休暇が減っているのだが、皮肉なことに、海外と日本の格差は少しだけ解消した格好だ。

 コロナ危機で海外旅行がしにくくなったことで、諸外国の休暇が大きく減ったという現実を考えると、かなりの部分が休暇=旅行という図式だったことが分かる。

 例えば、労働者の権利保護が徹底しているフランスでは、半ば強制的にバカンスに行くことが求められる。

 筆者はフランスは少しやり過ぎではないかと思っているが、フランスでは従業員がバカンスに行っていないという状況は、企業が労働者を酷使していると解釈されるケースがある。政府も夏が近づくと、公共放送などを通じて「バカンスの予約は取りましたか?」と国民に何度も呼びかけるなど、旅行に行くことは、国民的なイベントと言って良い。

 休暇=旅行という図式が成立していたのは、戦後は基本的に工業社会であり、全員が同じ時間に同じように働くことがもっとも効率的だったからである。しかし近年はITが高度に発達してきたことから、工業を中心とした経済から情報産業を中心とした経済へのシフトが進んでおり、ビジネスパーソンの働き方も、集団ベースではなく個人ベースになりつつある。こうした時代においては、休暇の取り方や1日の中での仕事のペース配分も大きく変わってくる。

ポストコロナ社会において、休暇が取れないことの弊害は極めて大きい

 日本の企業社会では、まとまって休暇を取得するという従来型の制度においても休暇が取りにくいという状況だったが、社会のIT化によって仕事のあり方が根本的に変わりつつある今、一刻も早く状況を改善する必要があると筆者は考える。

 仕事がよりパーソナルになり、テレワークなども増加してお互いの顔が見えない状況では、集団での休暇取得というのはますますナンセンスになっている。個人が自分の仕事に責任を持ち、その中で適切なペース配分を考えたり、休暇の取得を管理する必要があり、逆に言うと、それができなければ、まったく休暇が取れなくなるという事態にもなりかねない。実際、一部の企業ではテレワークへのシフトで、事実上の無制限残業となってしまい、疲れ果てているビジネスパーソンもいるようだ。

 ちなみに先ほどのエクスペディアの調査では、日本で有休を取得できなかった理由のトップは「緊急時のために取っておく」となっていた。「仕事の都合上難しい」というのが2位となっており、「コロナで旅行ができない」という理由は3位にとどまっている。

 緊急時というのが何を指すのかは分からないが、病気やケガなどを想定しているのであれば、これは大きな問題といってよいだろう。病気やケガで会社を休むことや、有給休暇を消化することはルール上、労働者に与えられた権利であり、本来、「有休を取っておく」という概念は存在しないはずである。

 雰囲気で休暇が取れないという情緒優先の風潮を残したまま、IT社会に突入することはあまりにも弊害が大きい。その理由は、社会のIT化には、自己管理できると人できない人の格差を拡大させる作用があり、こうしたスキルを身につけなければ、悲惨な結果を招く可能性が否定できないからである。

 政府が行った比較調査によると、日本ではテレワークへの以降によって、生産性が下がったと回答した人が82%に達しており、テレワークの方が生産性が高いという回答はわずか3.9%しかなかった。一方、米国の調査では、41.2%が生産性が上がったと回答しており、生産性が下がったという回答は15.3%にとどまっている。まったく同一の調査ではないが、似たような設問に対して、ここまで正反対の結果が出たことに多くの関係者が驚いている。この調査結果は、IT化による格差拡大という仮説を裏付ける材料のひとつといってよいだろう。

 これまでの日本社会は、休暇がとれなくても「しょうがない」で済ませてきたが、こうした概念は、高度IT化時代には通用しない。一刻も早く、仕事の範囲や責任の明確化を進め、与えられた休暇はすべて取得するという社会に移行すべきだろう。

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