志の高さは素晴らしいのに…時代考証の甘いフェミニズム関連絵本

文=北村紗衣
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『世界を変えた100人の女の子の物語』(河出書房新社)

 ここ数年、海外ではフェミニズムに関連する絵本や、子供・ヤングアダルト向けにやさしく女性史などを解説する本がよく刊行されています。サッサ・ブーレグレーンの『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』(岩崎書店)や、ユン・ウンジュとイ・ヘジョンによる韓国の絵本『女の子だから、男の子だからをなくす本』(エトセトラブックス)などは日本語にも翻訳されています。どちらも手軽に読める本です。

 子供たちが差別や偏見、セクシュアリティなどについて学ぶことができる本が増えているという点で、こういう風潮はとても良いことです。ほとんどの人間は遅かれ早かれなんらかの問題にぶつかり、人それぞれの生きづらさを抱えるようになります。幼い頃からいろいろなことに疑問を持つ子供もいれば、成長してから壁にぶつかる人もいます。そういう悩みやトラブルに対処するにあたり、幼い頃からこうした情報を提供してくれる本があるのはとても役立つはずです。

 こうした本の志についてはとても素晴らしいと思いつつも、私がひとつ不満に思っていることがあります。それは、こういう本の中には子供向けだからなのか、わりと歴史に関する考証が甘かったり、情報が古かったりするものがあるということです。とくに私の専門分野である近世イギリスに関係するところでけっこういい加減な情報が載っているのは気になります。今回の記事では、フェミニズムや女性史関係の本の時代考証にツッコミを入れてみたいと思います。

『世界を変えた100人の女の子の物語』の問題点

 エレナ・ファヴィッリとフランチェスカ・カヴァッロによる『世界を変えた100人の女の子の物語』(Good Night Stories for Rebel Girls)は原著が2017年に、日本語版が河出書房新社から2018年に刊行されました。歴史上の著名な女性100人をとりあげて女の子向けにイラストつきで紹介するというもので、ベストセラーになりました。この手の女性史絵本が流行るきっかけになった本です。

 ブームを作ったという点では重要な本ですが、この絵本にはけっこういろいろ問題があります。まず、大きく問題になったのは最初に紹介されているのがミャンマーのアウンサンスーチーだということです。現在は非常に大変なことになっているミャンマー情勢ですが、2017年頃からアウンサンスーチーが事実上トップとなっていたミャンマー政府が少数民族であるロヒンギャを弾圧したため、国際的に強い非難にさらされました。このため、アウンサンスーチーをこの本から除くべきだという批判が読者の親たちから出て、著者たちが改稿を検討するというコメントを出しました

 この本には他にもいろいろ問題があります。表紙の裏には「ぜんぶ世界のどこかで、本当にあったおはなし」だと書かれているにもかかわらず、日本からエントリーされているのはなんと神功皇后です(和訳p. 104)。神功皇后は実在したのどうかが疑わしく、歴史上の女性の実績を紹介するというこの本の趣旨にはあっていません。さらに神功皇后は近代になってから日本が朝鮮半島を侵略するための帝国主義プロパガンダにも使われた存在です。

 古代日本の有名な女王なら卑弥呼とか、もう少し業績がはっきりわかっている人のほうが良ければ持統天皇もいますし、いくらでも候補がいるはずなのですが、ここで神功皇后が出てくるのは調査不足でしょう。なお、もう1人日本からエントリーしているのはオノ・ヨーコです(和訳p.60 )。これは現代美術の世界では大変評価の高いアーティストで、存命人物であることもあってそこまでいい加減なことは書かれていないように見えるので妥当でしょう。

 また、エリザベス一世について、シェイクスピアのお芝居が「お気に入り」(和訳p. 56)だったと書かれていますが、これはただの伝説で、そういうことを示す記録はありません。シェイクスピアは人気作家で、エリザベス一世の宮廷でシェイクスピア劇が上演されていた記録はあるのでおそらく見て楽しんではいたと思われますが、他にも宮廷で芝居が上演されるような人気作家はたくさんいました。

 他にもいくつかツッコめるところはあります。作家のヴァージニア・ウルフについては、夫レナードとの愛情には詳しく触れているのに、女性の恋人であるヴィタ・サックヴィル=ウェストとの恋愛が創作の源になったことは書かれていません(和訳p. 42)。エビータ・ペロンはちょっと毀誉褒貶がありすぎる人ではないかな……とか(和訳p. 54)、北欧やアイルランドが手薄では……とか、とりあげられる人物のバランスについてもちょっと疑問があります。全体的にこの本はもう少し専門家のアドバイスが要るのではという気がします。

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