志の高さは素晴らしいのに…時代考証の甘いフェミニズム関連絵本

文=北村紗衣

連載 2021.05.08 08:00

『世界を変えた100人の女の子の物語』(河出書房新社)

 ここ数年、海外ではフェミニズムに関連する絵本や、子供・ヤングアダルト向けにやさしく女性史などを解説する本がよく刊行されています。サッサ・ブーレグレーンの『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』(岩崎書店)や、ユン・ウンジュとイ・ヘジョンによる韓国の絵本『女の子だから、男の子だからをなくす本』(エトセトラブックス)などは日本語にも翻訳されています。どちらも手軽に読める本です。

 子供たちが差別や偏見、セクシュアリティなどについて学ぶことができる本が増えているという点で、こういう風潮はとても良いことです。ほとんどの人間は遅かれ早かれなんらかの問題にぶつかり、人それぞれの生きづらさを抱えるようになります。幼い頃からいろいろなことに疑問を持つ子供もいれば、成長してから壁にぶつかる人もいます。そういう悩みやトラブルに対処するにあたり、幼い頃からこうした情報を提供してくれる本があるのはとても役立つはずです。

 こうした本の志についてはとても素晴らしいと思いつつも、私がひとつ不満に思っていることがあります。それは、こういう本の中には子供向けだからなのか、わりと歴史に関する考証が甘かったり、情報が古かったりするものがあるということです。とくに私の専門分野である近世イギリスに関係するところでけっこういい加減な情報が載っているのは気になります。今回の記事では、フェミニズムや女性史関係の本の時代考証にツッコミを入れてみたいと思います。

『世界を変えた100人の女の子の物語』の問題点

 エレナ・ファヴィッリとフランチェスカ・カヴァッロによる『世界を変えた100人の女の子の物語』(Good Night Stories for Rebel Girls)は原著が2017年に、日本語版が河出書房新社から2018年に刊行されました。歴史上の著名な女性100人をとりあげて女の子向けにイラストつきで紹介するというもので、ベストセラーになりました。この手の女性史絵本が流行るきっかけになった本です。

 ブームを作ったという点では重要な本ですが、この絵本にはけっこういろいろ問題があります。まず、大きく問題になったのは最初に紹介されているのがミャンマーのアウンサンスーチーだということです。現在は非常に大変なことになっているミャンマー情勢ですが、2017年頃からアウンサンスーチーが事実上トップとなっていたミャンマー政府が少数民族であるロヒンギャを弾圧したため、国際的に強い非難にさらされました。このため、アウンサンスーチーをこの本から除くべきだという批判が読者の親たちから出て、著者たちが改稿を検討するというコメントを出しました

 この本には他にもいろいろ問題があります。表紙の裏には「ぜんぶ世界のどこかで、本当にあったおはなし」だと書かれているにもかかわらず、日本からエントリーされているのはなんと神功皇后です(和訳p. 104)。神功皇后は実在したのどうかが疑わしく、歴史上の女性の実績を紹介するというこの本の趣旨にはあっていません。さらに神功皇后は近代になってから日本が朝鮮半島を侵略するための帝国主義プロパガンダにも使われた存在です。

 古代日本の有名な女王なら卑弥呼とか、もう少し業績がはっきりわかっている人のほうが良ければ持統天皇もいますし、いくらでも候補がいるはずなのですが、ここで神功皇后が出てくるのは調査不足でしょう。なお、もう1人日本からエントリーしているのはオノ・ヨーコです(和訳p.60 )。これは現代美術の世界では大変評価の高いアーティストで、存命人物であることもあってそこまでいい加減なことは書かれていないように見えるので妥当でしょう。

 また、エリザベス一世について、シェイクスピアのお芝居が「お気に入り」(和訳p. 56)だったと書かれていますが、これはただの伝説で、そういうことを示す記録はありません。シェイクスピアは人気作家で、エリザベス一世の宮廷でシェイクスピア劇が上演されていた記録はあるのでおそらく見て楽しんではいたと思われますが、他にも宮廷で芝居が上演されるような人気作家はたくさんいました。

 他にもいくつかツッコめるところはあります。作家のヴァージニア・ウルフについては、夫レナードとの愛情には詳しく触れているのに、女性の恋人であるヴィタ・サックヴィル=ウェストとの恋愛が創作の源になったことは書かれていません(和訳p. 42)。エビータ・ペロンはちょっと毀誉褒貶がありすぎる人ではないかな……とか(和訳p. 54)、北欧やアイルランドが手薄では……とか、とりあげられる人物のバランスについてもちょっと疑問があります。全体的にこの本はもう少し専門家のアドバイスが要るのではという気がします。

もう少し大人向けの絵本でも…

 フェミニズムやジェンダー、女性史関連で時代考証がやや甘い絵本は他にもあります。2016年に刊行されたジェイソン・ポラスのRejected Princesses(『却下されたお姫様たち』)は、あまりよく知られていないような反逆的な女性や悪いことをした女性、毀誉褒貶があるような女性の伝記をあつめた絵本です。ディズニーっぽい絵柄の絵本ではありますが対象年齢層がもっと高く、ヤングアダルトから大人くらいをターゲットにしていて、子供でも読める記事と大人向けの記事がしるしで分けてあります。歴史上の人物と神話や伝説の人物が両方載っており、ややコンセプトがはっきりしないところもあります。

 日本からは望月千代女が掲載されています(pp. 131-133)。望月千代女は戦国時代の巫女だったという人物ですが、一方でいわゆるくノ一、女忍者ではないかとも言われています。しかしながらこの話にはあまり信憑性がありません。Rejected Princessesでは千代女がくノ一を養成していたというセンセーショナルな話を紹介した後、そもそも千代女の人生の実態がよくわかっていないこと、くノ一というものが実在したかもわからないことに触れているので多少良心的ですが、それでもここでしばしば日本に対するオリエンタリズム的なまなざしをかきたてるものとして扱われる忍者の話を面白おかしくする必要があるのかな……という気がします。

 さらにその後に、コラムとしてやはり信憑性はない話だとことわりつつ、上杉謙信女性説も紹介していて、わざわざ限られた紙面でその話をする必要はありますかね……と思ってしまいます。ちなみに日本から他に紹介されているのは巴御前と川島芳子です。

 アイリス・ゴットリーブによる『イラストで学ぶジェンダーのはなし――みんなと自分を理解するためのガイドブック』(フィルムアート社)も、イラストはたくさんありますがわりと文章も多く、やはりヤングアダルトから大人をターゲットにした本です。この本はゴットリーブ本人の経験をまじえてジェンダーやセクシュアリティについてさまざまなことを手際よく説明した本で、ほとんどのところについては大変よく調べられています。しかしながらどういうわけだか『世界を変えた100人の女の子の物語』同様、エリザベス1世とシェイクスピアに関するところがずいぶん甘くなっています。

 まず、シェイクスピアについての説明の最初に出てくる「14世紀のエリザベス朝のイングランドでは、女性がステージに立って芝居をすることは禁じられていました」(和訳p. 70、原著p. 72)というところは完全に間違いで、エリザベス朝は1558年 から1603年なので、16世紀~17世紀が正しく、おそらく単純な誤字です。また、この時代には「女優禁止法」みたいなものがあったと誤解している人がよくいるのですが、厳密に言うと女性が商業演劇のプロの女優になれないだけで、アマチュア上演とか海外の劇団なら女性でも舞台に立っていた記録があり、法律で女性が舞台に立つことが完全に禁じられていたわけではありません。

 これだけならよくある校正ミスによくある誤解が重なっただけなのですが、さらにこの記述には不思議な挿絵がついています。シェイクスピアの時代の舞台では女性役を男優が演じていたという説明の下に、ヒゲを生やしたフレディ・マーキュリー風な男優が女性役を演じている絵が描かれています。この時代はヒゲが成人男性の間で非常に流行っており、おしゃれな男らしさを示すファッションなので、女役がヒゲを生やしているわけはありません。この本は少し大人向けなので、もちろん「いかにも男っぽいヒゲの男性が女性役を演じている」というジェンダーの越境をユーモラスに描いたつもりなのでしょうが、ちょっと誤解を招きかねないイラストだと思いますし、他の挿絵はわりと歴史上の人物に敬意を払って忠実に描いているのに、ここだけ妙にいい加減だとは思います。文章と挿絵の組み合わせ方からして、エリザベス朝演劇については時代考証が甘いなという印象を受けてしまいます。

今後、訳されるべき英語の絵本は?

 全体的に、現在流行しているジェンダー関連の絵本にはもうちょっと歴史に関するチェックが必要ではないかと思います。専門家が監修している良い本もありますが、わりといい加減なものもあります。子供向けだからといって事実のチェックをおろそかにしていいわけはありません。最新の研究成果に沿った内容を反映するのも教育的な絵本の役割のひとつです。フェミニズム関連のものにかぎらず、一般的に子供向けの本は易しい内容にしようとするあまり正確性を犠牲にしてしまうことがあるのかもしれませんが、良い傾向ではありません。

 最後に、私が女性史絵本の中で今後、日本語に訳されるといいなと思っている本を1冊紹介したいと思います。アニータ・サーキージアンとエボニー・アダムズによるHistory vs Women: The Defiant Lives That They Don’t Want You To Knowは、子供向けにもかかわらずけっこうちゃんとした参考文献表がついていて、本格的です。サーキージアンはゲーマーゲート事件で脅迫の標的になった女性批評家、アダムズは博士号を持つ活動家です。この本は女性の良いロールモデルばかりではなく、ワルとして有名な女性も載っているのが面白いところで、楽しく読める本だと思います。

近年刊行された日本語のジェンダー関連関連絵本

ジョージア・アムソン・ブラッドショー文、リタ・ベルッチオーリ絵『偉大な発見と発明! 女性科学者&エンジニアたち』阿蘭ヒサコ訳、旬報社、2019。
レイチェル・イグノトフスキー『社会を変えた50人の女性アスリートたち』野中モモ訳、創元社、2019。
レイチェル・イグノトフスキー『社会を変えた50人の女性アーティストたち』野中モモ訳、創元社、2021。
レイチェル・イグノトフスキー『社会を変えた50人の女性科学者たち』野中モモ訳、創元社、2019。
アイリス・ゴットリーブ『イラストで学ぶジェンダーのはなし――みんなと自分を理解するためのガイドブック』野中モモ訳、フィルムアート社、2021 [Iris Gottlieb, Seeing Gender: An Illustrated Guide to Identity and Expression, Chronicle Books, 2019]。
キャリル・ハート文、アリー・パイ絵『女の子はなんでもできる!』冨永愛訳、早川書房、2020。
キャスリン・ハリガン文、サラ・ウォルシュ絵『世界のすごい女子伝記 未来への扉をひらいた、歴史にのこる50人』伏見操訳、講談社、2020。
ケイト・パンクハースト『すてきで偉大な女性たちが世界を「あっ! 」と言わせた』増子久美訳、化学同人、2021。
ケイト・パンクハースト『すてきで偉大な女性たちが世界を変えた』田元明日菜訳、化学同人、2021。
ケイト・パンクハースト『すてきで偉大な女性たちが地球を守った』橋本あゆみ訳、化学同人、2021。
ケイト・パンクハースト『すてきで偉大な女性たちが歴史を変えた』堀江里美訳、化学同人、2021。
エレナ・ファヴィッリ、フランチェスカ・カヴァッロ『世界を変えた100人の女の子の物語』芹澤恵、高里ひろ訳、河出書房新社、2018 [Elena Favilli, Francesca Cavallo, Good Night Stories for Rebel Girls, Particular Books, 2017]。
マルタ・ブレーン文、イェニー・ヨルダル絵『ウーマン・イン・バトル――自由・平等・シスターフッド!』枇谷玲子訳、合同出版、2019。
サッサ・ブーレグレーン『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』枇谷玲子訳、岩崎書店、2018。
ジャッキー・フレミング『問題だらけの女性たち』松田青子訳、河出書房新社、2018。
ユン・ウンジュ文、イ・ヘジョン絵『女の子だから、男の子だからをなくす本』すんみ訳、エトセトラブックス、2021。
デイヴィッド・ロバーツ『サフラジェット――平等を求めてたたかった女性たち』富原まさ江訳、合同出版、2019。

近年刊行された英語のジェンダー関連絵本

Jason Porath, Rejected Princesses: Tales of History’s Boldest Heroines, Hellions & Heretics, Dey St., 2016.
Anita Sarkeesian and Ebony Adams, History vs Women: The Defiant Lives That They Don’t Want You To Know, Macmillan, 2018.

その他参考文献

原武史『皇后考』講談社、2017。
吉丸雄哉、山田雄司編『忍者の誕生』勉誠出版、2017。
Pamela Allen Brown, ‘Why Did the English Stage Take Boys for Actresses?’, Shakespeare Survey 70 (2017): 182–87.
Fiona Ritchie, ‘The Reception of Women on the English Stage in the Renaissance and Restoration: A Comparative Study’, 『東京女子大学比較文化研究所紀要』78 (2018): 77–90.

北村紗衣

2021.5.8 08:00

北海道士別市出身。東京大学で学士号・修士号取得後、キングズ・カレッジ・ロンドンでPhDを取得。武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。専門はシェイクスピア・舞台芸術史・フェミニスト批評。

twitter:@Cristoforou

ブログ:Commentarius Saevus

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