
(C)2020 Feels Good Man Film LLC
3月12日より劇場公開中の『フィールズ・グッド・マン』(アーサー・ジョーンズ監督・脚本、2020年)は「ぺぺ」という名のカエルのキャラクターが、その作者の手を離れてネット上でミームとして利用され、ついには白人至上主義者が人種差別的な投稿に添えるアイコンとして利用するにまで至るその数奇な経緯を描いたドキュメンタリーである。
映画がスポット・ライトを当てるぺぺは、マット・フィリーの漫画作品『ボーイズ・クラブ』(2005年)に登場する。ぺぺを利用したミームは当時Facebookに先んじて流行していたMyspaceと呼ばれるSNSや日本の2ちゃんねるを模した「4chan」と呼ばれる匿名画像掲示板などで拡散した。2015年には4hcanの住人たちがぺぺをドナルド・トランプと重ね合わせて使い始め、翌年の大統領選挙でのトランプの勝利にぺぺが貢献したと彼らが信じるまでにこのミームは米国内で広く流通した。

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本作は、漫画家マット・フィリーが生み出した本来のぺぺをオルタナ右翼から取り戻す戦いとして出来事全体を描き出している。自分の人生をかけて作り上げたキャラクターがミームとして流通しているのを放置していたら、いつのまにか極右のミームになり、名誉毀損防止同盟(米国のユダヤ系の団体)によって人種差別の象徴として鉤十字などと並んで登録されてしまう。フィリーはぺぺのミームを使用しているトランプ支持者に対して法廷闘争を仕掛け、当然勝利する。しかし極右のアイコンとして利用されていることを悲しみ、結局自分の作品の中でぺぺを埋葬してしまう。全体として映画はフィリーの苦しみに焦点を当てるのだが、最後にはぺぺが香港で民主化の象徴として利用されることを小さな希望として提示する。
なぜカエルのぺぺはオルタナ右翼に愛されるに至ったのか?
『フィールズ・グッド・マン』に出てくるフィリーの関係者や学者たちはオルタナ右翼にぺぺがミームとして利用されたことを不幸で不運な予想外の出来事として描き出している。
ぺぺのミームを利用していた人たちの多くは原作漫画に興味を示しておらず、実際、ネットに溢れるさまざまなコンテンツからたまたま選ばれたと考えることはかなり妥当に思える。確かに、ぺぺが選ばれなかったとしたらトランプ支持者たちは他の別のミームを利用していたかもしれない。
しかし、この映画は同時に、フィリーの手を離れオルタナ右翼に利用されるまでに辿ったカエルのぺぺがもつイメージの段階的な変化を描き出しており、映画全体が提示している無垢なアーティストと邪悪なオルタナ右翼という対立構造には回収しきれない、原作者フィリーとさまざまな匿名のネットユーザーたちの間の相互作用的関係も表現している。
ぺぺのマスキュリニティー?
カエルのぺぺに最初に注目し始めたのはオルタナ右翼ではなく筋トレをする男性たちである。彼らはフィリー自身がMyspaceに投稿していた作品を発見し、鍛えた筋肉を誇示するセルフィー画像を本映画のタイトルともなっている「feels good man」というコメントとともに使い始めた。
筋トレをする男性たちがぺぺに注目したのは完全に偶然だったのだろうか? フィリーの周辺は筋トレをする男性たちが「feels good man(気持ちいいぜ)」という台詞を拡散することをあまりよく思っていなかったようだが、私はある程度内在的な繋がりがあると感じる。
この場合の「man」は、「oh man」や「oh boy」などと同様に間投詞として使われており、manは必ずしもその場にいる具体的な男性を指すわけでは無い。だが、原作の『ボーイズ・クラブ』はフィリー自身や彼の友人たちをモデルにした4人の男性の若者が同居し、四六時中一緒にいてゲームをしたり、ピザを食べたり、ドラッグや酒を飲んでだらだらと暮らしている姿を描いたものだ。ゲロやうんこやオナラの話題が頻出し、例えば、とても長い一本糞を仲間内で自慢し写真に撮ろうとするのだがカメラの電池切れでしかたなく冷凍庫に保存しておくというようなどうしようもない話が展開される。登場するキャラクターの一人はかなりの頻度でペニスを露出している。

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従って、筋トレをして体を鍛えるという種類のいわゆる典型的な体育会系の男性集団が描かれているわけではない。とはいえ、これはこれでマリファナをキメ、どちらかというとダウナー系でチル・アウト(まったり)する若い男たちのホモソーシャルな空間ではある。
このことを前提にすると、「feels good man」はやはりジェンダー的にニュートラルな表現というわけではない。チルする男たちからすると筋トレをするジョック的な男たちに利用されるのは嫌だろうとは思うのだが、まさにタイトルにあるように「ボーイズ・クラブ(男だけの集まり)」という観点では、筋トレをする男性たちがこのセリフを取り上げたことにはつながりがあるのかもしれない。そもそもこの「feels good man」というセリフはぺぺが立小便をするときにチャックを開けるだけでなくズボンと下着を完全に足首まで下ろすことについて「きもちいいぜ」と述べたものであり、その意味でやはりマスキュリニティーに関わるものであると言える。
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