映画『フィールズ・グッド・マン』 オルタナ右翼に「利用」されたカエルのペペの数奇な運命

文=渡部宏樹

エンタメ 2021.04.10 06:00

悲しみの感覚

 その後、ぺぺがマスキュリニティーだけでなく悲しみや敗北の感覚を示すアイコンとして利用されるようになって、筋トレ・コミュニティーの外側にこのミームが広がった。

 この段階ではぺぺや『ボーイズ・クラブ』という作品のダウナー系でチルな感覚が生かされ、深い悲しみや敗北の感覚が強調されている。フィリーやその周辺は、筋トレ・コミュニティーが「feels good man」というセリフを拡散した時と異なり、このような悲しみのアイコンとしてのぺぺの広がりをおそらく好意的に受け止めていた。     

 『ボーイズ・クラブ』では必ずしもぺぺが主人公というわけではないし、作中でぺぺの悲しみの感覚が強調されているわけでもない。しかし、ぺぺの人気にあやかってフィリーたちはぺぺをあしらった商品展開を開始するわけで、ここには原作者周辺がネット・ユーザーたちの解釈を好意的に受け取り、それに乗っかったという側面があるのだろう(念のために言っておくが、これはフィリーたちがネット・ユーザーたちを利用したから落ち度があるという意味ではない)。ここまでは、原作者と匿名のネットとの間でのポジティブな共同作業と捉えることもできるだろう。

怒りのシンボルへ

 しかし、ネット・ユーザーの行動は作り手の望む範囲に収まるものではない。『ボーイズ・クラブ』の内在的な文脈を大きく飛び越えて、ぺぺに見出された悲しみの感覚は怒りの感覚に変形した。女性のセレブたちがぺぺの画像を使い始め一般の女性たちもぺぺの画像を利用するようになると、いわゆる「インセル」たちが自分たちが育ててきたものを土足で荒らされたと感じ、女性やリア充の男性たちに対する怒りや暴力的な表現にぺぺを使い始める。

 『ボーイズ・クラブ』の中ではマリファナが擬人化された女性キャラクターとして出てくるが、具体的な女性のキャラクターは登場せずセックス描写も性の話題もあまりないので、女性やリア充に対する怒りというテーマはネット・ユーザーたちによって付加されたものだ。

 『フィールズ・グッド・マン』では、ミームの専門家の大学教授やトランプの選挙対策チームの重要人物など社会的地位の高いインタビュイーに並んで、4chan住人のミルズという人物も登場する。彼は親の家の地下室で引きこもりとして過ごし、YouTube上でアクティブに活動しているが、自分自身を社会から排除され女性と交際する機会を奪われたいわゆるインセルであるとみなしている。          

 彼自身が「くたばれリア充ども」とカエルのぺぺに好感を示しているのだが、このミルズが示す悲しみや敗北の感覚が怒りに転化するという複雑な経緯があることが、オルタナ右翼たちがペペを自分たちのシンボルとして採用し、ついにはトランプと重ね合わせるに至る理由であるように思える。

 『フィールズ・グッド・マン』はフィリーに寄り添っており、彼のオルタナ右翼との戦いが前景化されて描かれているが、同時にその後景には、このようにオルタナ右翼の内在的な(仮にそれが自己中心的で主観的だとしても)観点からぺぺというミームの成長を読み込むこともできるではないだろうか。

 だとすると、香港でカエルが民主派のアイコンになっていることを小さな希望とするのは、あまりにも唐突である。オルタナ右翼が作者の意図を無視して、悲しみや敗北感から怒りへと変化していくぺぺというミームの来歴をうまく掬い取ったことを描き出しているのに対して、香港の民主派がいかなる理路でぺぺを採用したのかを本作は詳細に描いていない。

(C)2020 Feels Good Man Film LLC

ミームの現実化

 この点をより深く理解するには、そもそもトランプそれ自体がミームであったことを思い返す必要がある。     

 もともとトランプは『アプレンティス』というビジネス・リアリティー番組で、「お前は首だ!」という決めセリフで見習いビジネスマンに引導を渡すキャラクターとして知名度を獲得した。彼のキャラクターは2004年に共和党の大統領候補であるジョージ・ブッシュをやめさせるための活動でミームとして利用された。ベン&ジェリー・アイスクリームの創業者であるベン・コーエンが出資して作った「真の大多数」というグループは、2004年の大統領選に人々の参加を呼びかけ、ブッシュを首にすることを目標に次のような動画を制作した。

 この動画の中で、今では考えられないことだが、民主党寄りの活動家がトランプをミームとして利用し『アプレンティス』の予告編を模した動画を作り、「残念ながらドナルドはブッシュをクビにすることはできない。だが我々は自分たちでクビにできる。」と言って投票を呼びかけていたのである(詳細はヘンリー・ジェンキンズ著『コンヴァージェンス・カルチャー』の第6章を参照)。

(C)2020 Feels Good Man Film LLC

 2004年にはトランプ自身が民主党寄りの活動家にとってのミームとして使われていたが、2016年にはカエルのぺぺがトランプ支持者にとってのミームとなっているのである。ぺぺがある特定の人々の主観的な剥奪感を表現するミームとして使われるそのずっと前に、共和党のブッシュ候補に対抗するためのミームとして断罪的な怒りを表現するトランプが選ばれていたのだ。

 ぺぺのミームが悲しみと敗北感から怒りへの変化という来歴を持っていることとトランプが元々断罪のミームとして使われていたことを考え合わせると、2016年に起きたことは、ある政治家をミームが支えたということではなく、二つのミームの相互作用とその現実化としてのトランプ大統領の選出だったのではないだろうか。

(C)2020 Feels Good Man Film LLC

◆公式WEBサイト&SNS
HP:https://feelsgoodmanfilm.jp
インスタグラム:https://www.instagram.com/feelsgoodmanfilmjp/
FB:https://www.facebook.com/FeelsGoodManFilmjp/
ツイッター:https://twitter.com/FeelsGoodManjp

◆クレジット情報
出演:マット・フューリー、ジョン・マイケル・グリア、リサ・ハナウォルト、スーザン・ブラックモア、アレックス・ジョーンズ、ジョニー・ライアン、カエルのぺぺ
監督・脚本:アーサー・ジョーンズ
撮影・脚本:ジョルジオ・アンジェリーニ 編集・脚本:アーロン・ウィッケンデン
原題:Feels Good Man 
配給:東風+ノーム
2020年/アメリカ/94分 (C)2020 Feels Good Man Film LLC

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渡部宏樹

2021.4.10 06:00

福岡県福岡市出身。東京大学で学士号、修士号を取得後、南カリフォルニア大学映画芸術研究科でPh. D.(映画・メディア研究)を取得。筑波大学人文社会系助教、エジプト日本科学技術大学客員助教。専門は表象文化論、映画・メディア研究など。

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