子どもは約束を守れない? ゲーム・ネットの家庭内ルールはどうあるべきか

文=柳瀬徹
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『ゲーム・ネットの世界から離れられない子どもたち』(合同出版)著者・吉川徹さん

コロナ禍の先行きが見えないなか、いつ始まるかわからない休校措置に備えるべく、小中学生にタブレット端末が配られつつある。教育現場のデジタル化が急速に進む一方で、これまで以上に子どもたちがゲームやインターネットに熱中してしまうことに、危惧を覚える保護者も少なくないはずだ。

児童精神科医として、子どものゲーム依存とも向き合ってきた吉川徹さんが2021年2月に上梓した『ゲーム・ネットの世界から離れられない子どもたち 子どもが社会から孤立しないために』(合同出版)では、ゲームとネットの日常的な使用を前提に、ルール作りや依存からの回復方法など、実践的な知恵がわかりやすく解説されている。自身も「ゲームの世界から離れられない大人」だという吉川さんに、子どもとゲームの良好な関係を保つためのコツを聞いた。(取材/柳瀬徹)

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吉川徹(児童精神科医)
愛知県医療療育総合センター中央病院子どものこころ科(児童精神科)部長。あいち発達障害者支援センター副センター長などを兼務。日本自閉症スペクトラム学会 常任理事。日本青年期精神療法学会 理事。日本児童青年精神医学会 代議員ほか。

「ゲーム依存」はどこまで深刻なのか

 新型コロナウイルス感染症の流行を契機に、教育現場でのICT(情報通信技術)活用が加速している。地域ごとに開始時期にばらつきはあるものの、各地の教育委員会は小中学校でのタブレット端末配布を進め、多くの小中学校生の手に端末が行き渡りつつある。2019年12月に文部科学省が打ち出した「GIGAスクール構想」の目玉である「児童生徒1人に端末1台」は、当初は2023年度の実現が掲げられていたが、ウイルスが助け舟となり、かなり前倒しでの実現となりそうだ。

 しかしこれまで、教育現場とICTの相性は決して良いものではなかった。とりわけコンピュータゲームは敵視されてきた歴史があり、2020年3月に香川県議会で可決された「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(ゲーム条例)」はその典型といえる。県議会議長が「ゲーム脳」という言葉を知ったことから構想が始まったといわれているこの条例そのものに、積極的には賛同しない保護者の間でも、「ゲームやインターネットへの没頭が脳に悪影響を及ぼす可能性がある」という説はそれなりに受け入れられているだろう。ゲーム機を子どもから取り上げたことのある保護者も少なくないはずだ。

「ネットやゲームの使用が子どもたちに及ぼす影響については、研究者が一致して認めている定説はありません」

 こう話すのは、愛知県医療療育総合センターで、主に発達障害の児童青年臨床に長く携わってきた吉川徹さんだ。近著『ゲーム・ネットの世界から離れられない子どもたち』は、ゲーム依存の危険性を強調する類書とは、かなり異なるトーンで書かれている。

「ネットやゲームに関する研究は歴史が浅く、また、研究者の間で一定のコンセンサスが得られた頃には、すでに新しいサービスやデバイスが主流となっている、そんな状況が続いています。私の本も数年後には消費期限切れになっているとは思いますが、このタイミングでしか言えないことを言おうと思って書きました」

 親としてもっとも心配なのは、我が子がゲームから一時も離れられなくなる「ゲーム依存」に陥る可能性だろう。

 しかし吉川さんの著書によれば、そもそも近年の精神医学では「ゲーム依存」という言葉はあまり用いられなくなっているそうだ。アルコールや薬物などの物質が人体に及ぼす薬理効果と区別するため、ゲームやギャンブルなど行動への依存傾向には、「嗜癖(アディクション)」という言葉が使われることが多くなっているという。

 ゲームへの嗜癖の発生率については、調査手法が研究によって大きく異なるため、やはり「定説」といえるものは確立していない。ただ、多少の地域差は見られるものの、どの国でも発生率はかなり低い上に、嗜癖と思われるケースも長期化することは多くはないと吉川さんは話す。

「ごく一部の子どもではゲーム嗜癖が長期化することがあり、深刻な問題が起こっているのも事実です。ただ、私の臨床医としての経験でいえば、ゲームへの嗜癖が発生していると思われる場合でも、ほかの症状や家族関係の改善を優先したほうが、治療がうまくいくことが多いんです。複合的に問題が発生している中にゲームの問題もある、というケースのほうが多数派ではないかと見ています」

 ゲーム嗜癖が疑われるケースについては、この本では子どもの実態の確認に1章を、回復への手立てにも1章を割いて詳しく解説されている。いずれにせよ、「ゲーム嗜癖は起こりにくく、長期化もしにくい」という指摘は、親にとってはひとつの希望といえるだろう。

ペナルティよりもインセンティブで行動を変える

 吉川さん自身も「ゲームから離れられない」大人の一人で、著書には「締め切りを過ぎた原稿がどれだけあっても、ゲームをやめることはできない」と書いている。そんな吉川さんは、ネットやゲームをめぐるルール作りの前提として、「子どもは約束を守れない」という理解が必要だと説く。

「ゲームがどれだけ魅力的なものかは自分がよくわかっているので、守れないような約束は最初からしないほうがいいと思っています。約束破りが常習化し、子どもが大人との約束を軽視するようになるのも、望ましいことではありません」

 約束やルールは必要だが、守られないルールがそのまま放置されることの弊害も大きい。約束という行為そのものの価値が壊れてしまえば、その影響はネットやゲームの問題を超えてしまう。

「だからこそ、あまりきつくないルールにとどめるべきですし、逸脱は起こるものとして、ルールを守ることのメリットと破ることのデメリットを話し合って決めておくことが重要です。怒りにまかせてルールを変えたり、ゲーム機を取り上げたりといったことは、親子関係や家庭全体に悪影響を及ぼす恐れがあります。その場の勢いで決めないことが大事です」

 親子とも気力と体力、時間に余裕があるときに、ルールや約束を決めることが重要だと吉川さんは説く。この本では約束を作るコツとして、

「ゲーム機を欲しいと言い出したタイミングでルールを話し合う」
「所有権を親に置き、子どもにゲーム機を貸す」
「手伝いで貯めたポイントをゲーム時間と交換する」
「〈やるべきことを先に〉はうまくいかない」

 などといった10のポイントを挙げられている。それほど厳しくないルールを設定し、守る経験を積ませることが、成功のカギのようだ。

「〈おしまい〉の時間を身に着けさせることも大事です。キッチンタイマーなどを使って、残り時間がどれくらいあるかを目に見えるようにするのも有効です。タイミングの悪いところでおしまいになって、子どもが不機嫌になることを減らせる可能性がありますから。我が家でもタイマーの置き場所やサイズなど、かなりの試行錯誤の末に、親子とも納得できるルールができていきました」

 たとえば30分という制限時間を設定し、守れたら次回以降に10分時間を追加できるチケットを渡すといった「報酬」の設定も有効だそうだ。また、タイマーの使用や、ゲームができる場所を限定することで、そもそもルールの逸脱がしにくい環境を作れば、親子ともにストレスは軽減されるだろう。

 ルールを守ることにインセンティブを用意し、ペナルティは最小限にする。ルールを守る人間に育てるために、とかく親はルール強化に傾きがちだが、むしろ年齢を重ねるごとにルールは緩くしていく。どうやら、親の側に発想の転換が必要なのかも知れない。

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