「北京五輪ボイコット!」を声高に訴える右派論壇 ホントに「人権」のことを考えているのか?

文=早川タダノリ
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Getty Imagesより

●日本人のつくり方(第6回)

 「東京五輪を不安視する声は大きいが、僕にとっては、来年2月に行われる北京冬季五輪への懸念の方がはるかに強い」と、野口健氏は産経新聞2021年4月8日付のコラムで書いていた。

 冬季五輪とアルピニストの野口氏になんの関係が?といぶかしく思ったら、「ウイグル弾圧」をやっている中国政府に抗議して北京冬季五輪(2022年に開催予定)をボイコットせよ!という主張だった。(野口健氏のコラムは、産経新聞のサイトで全文が無料公開されている)

バイデン政権の「北京五輪ボイコット」アドバルーン

 このコラムが掲載される2日前の4月6日、米国務省のプライス報道官が記者会見で中国の人権問題への懸念を示し、北京冬季五輪を「ボイコットする可能性を米国の同盟国との間で協議したいとする意向を示した」(朝日新聞4月7日付の報道)という動きがあった。

 日本国内でも、このプライス報道官の発言は衝撃を持って受けとめられた。例えば国際政治学者の三浦瑠麗氏は、このようにツイートしている。

 この三浦氏のツイートが「ボイコットに揺れたモスクワ五輪(1980年)・ロサンゼルス五輪(1984年)も知らないのか!」とつっこまれて大炎上し、右派系アカウントによる「中共の手先」「ジェノサイドを容認」というこじつけ的非難や、「三浦瑠麗の顔付きは日本人離れ」(孫向文)などという差別的な主張などが相次いだ。

 三浦氏はその歴史を当然「知っています」と弁明していたので、たぶんそうなのだろう。これは三浦氏の……というよりもIOC公式見解の罠だと言える。

 これまでボイコットという形で不参加を表明した国・地域があったとしても、第二次世界大戦以降では中止になった大会はない。IOC的世界観では冷戦中も「平和の祭典として連綿とつづいてきたオリンピック」なのである。

 一方、プライス報道官による記者会見の翌7日、米バイデン政権は火消しにかかる。ホワイトハウスのサキ大統領報道官は「来年2月の北京冬季五輪について、「我々の立場は変わっていない。我々は同盟国・友好国との間で共同ボイコットについて議論したことはないし、議論していない」と強調した」(朝日新聞4月8日付)と報道された。

 「北京五輪ボイコット」を匂わせた前日の記者会見は、中国に対する揺さぶり、あるいは反応を見るためのアドバルーンであったのではないか。

日本の右派論壇誌でも「北京五輪ボイコット」が

 「北京五輪ボイコット」をめぐる動きでは、2022年の北京冬季五輪までちょうど1年となる2021年2月3日、反中国共産党の立場をとるウイグル族やチベット族の民族組織や人権NGOなどの連合が「No Beijin 2022」をかかげて、「北京五輪ボイコット」(=開催地の変更)をIOCと各国政府に要請する記者会見を行った。これに続いてポンペオ前国務長官やニッキー・ヘイリー元国連大使など元トランプ政権の要人が、次々に「北京五輪ボイコット」を提唱しはじめた。

 こうした米右派の動きに乗っかるかたちで、日本の右派論壇誌各誌でも2021年4月号・5月号で「北京五輪ボイコット」が大きくとりあげられている。

 島田洋一「北京ジェノサイド五輪をボイコットせよ!」(『月刊Hanada』2021年5月号)や、有本香・清水ともみ対談「中国のウイグル弾圧 中国非難の「国会決議」に親中のカベ」(『WiLL』2021年5月号)を筆頭に、青山繁晴や阿比留瑠比らのいつものメンバーが「北京五輪ボイコット」をさかんに煽り立てている。

 在日外国人らに対してさんざん差別的な主張を行ってきたこの人たちが、いつから「人権」を人類に普遍的な原理として掲げ始めたのだろうかとまことに疑問だ。よく読んでみると、問題意識の所在がうかびあがってくるものもあった。

 例えば、タレントのほんこん氏による「ウイグル弾圧の北京で五輪? ちょっと待て」(『WiLL』2021年5月号)では、こんな主張があった。

 注意しなければいけないのが北京五輪の後です。
 二○一四年のソチオリンピック後にロシアがクリミア侵攻したように、北京五輪が開催されようがボイコットされようが尖閣にゾロゾロと中国漁船がやってくるでしょう。そうなってしまったら国防が緩い日本は太刀打ちできない。

 今年1月の米連邦議会選挙事件に際して「警察の方々が招き入れてる映像も残ってるんですよ……これがほんまにANTIFAっていう証言も出てる」(1月9日、朝日放送テレビ製作「正義のミカタ」でのコメント)と、陰謀論に見事に釣られたほんこん氏の予見などまったくアテにならないわけだが、同様のことを、自民党の衆議院議員(元民主党)の長尾敬も「しっかりしてくれ! 尖閣はまるで中国領」(『WiLL』2021年5月号)で述べている。

 中国は来年の北京五輪が終わるまで、軍事的な動きを控える可能性が高いでしょう。ウラを返せば、北京五輪が尖閣諸島への対応を固めるタイムリミットともいえる。

 いずれも、かつてソチ五輪後にロシアがクリミアへ侵攻したことになぞらえて、北京五輪が開催されたら、こんどは中国が尖閣諸島にやってくる!と煽っているわけである。どうやらこうした認識は、右派業界の中で一定程度共有されているようだ。

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