コロナ、ワクチン、温室効果ガス削減目標…全てが「おぼろげ」に決まる日本の政治の問題点とは

文=平河エリ
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写真:代表撮影/ロイター/アフロ

■連載「議会は踊る」

「検査能力が大幅に拡大していること、また、病床の確保も、これまでの経験でかなり進んで、確保能力も上がってきた。こうした、感染を制御できる能力が上がってきたということもございます。
 今後も小さな流行は起こりますけれども、それを大きな流行にしない、リバウンドを大きな波としない、その決意で、医療や保健所に支障を来さないようにということで、警戒感を持っての解除であります。」
衆議院 議院運営委員会 令和3年3月18日 西村康稔大臣

「東京や埼玉では、既にリバウンドが始まっていると言わざるを得ない状況であります。変異株の拡大も考えると、この状態で解除をすれば感染者が急増する可能性が高いと心配をしています。
 この間、ぎりぎりの状態で頑張ってきた医療従事者の皆さん、そして、特に感染リスクの高い高齢者や障害者、その御家族、こうした皆さんの介護などに当たっている皆さん、そして、この二か月余り御苦労いただいてきた事業者、国民の多くの皆さんも、第四波にはとても耐えられません。」
衆議院 議院運営委員会 令和3年3月18日 枝野幸男委員-

 2回めの緊急事態宣言解除における、西村新型コロナ担当大臣と、立憲民主党枝野幸男議員の質疑を引用した。

 枝野議員が指摘したとおりに3度目となる緊急事態宣言が発令される中、私はこの原稿を書いている。

 私はここで「野党は当初からリバウンドの可能性を指摘していた! すごい!」などと声高に主張するつもりはない。

 映画『ゴジラ』は、「あのゴジラが最後の一匹だとは思えない」という台詞で終わる(実際にゴジラは東宝のドル箱スターとなり、何度も何度も復活する)が、前回緊急事態宣言が解除されたときも、おそらく「この緊急事態が最後の緊急事態になるとは思えない」という気持ちだった人が、大半だったのではないだろうか。

 いや、それどころか、緊急事態が宣言された3度目の今も、「これが最後」とは思えないし。きっと4度目の緊急事態でも「これが最後」とは思えないだろう。

 国会で野党議員が指摘していることは、コロナウイルスがいかなるものかを知っている一定以上の年齢の成人にとっては「当たり前のこと」であり、感染は制御できているから解除する、という政府の説明のほうがよほど奇怪であったということだ。

 一体何を目指して緊急事態宣言が発出され、何を目標としているのか、国民の誰一人として理解できないまま、日々は流れていく。そう、おぼろげなのだ。

 おぼろげという言葉で思い出すのはもちろん、小泉進次郎環境大臣である。

 2030年度温室効果ガス削減目標を、従来の対13年度比26%から46%まで引き上げたことに対して、TBSの取材に「くっきりとした姿が見えてるわけではないけど、おぼろげながら、浮かんできたんです。46という数字が」などと応え、ネットで左右両極から凄まじい批判を浴びた。

 バカバカしい発言ではあるが、この発言自体が問題ではない。重要なのは、そこに合理的に意思決定したという形跡も、国民のしっかりとした理解を得ようという努力も、全く見えないということだ。

 そして、「おぼろげな意思決定」は、気候変動という長期的な危機だけではなく、コロナという短期的な危機においても見られる。

 例えば、ワクチン接種に関しても、同様だ。4月28日、河野太郎ワクチン接種担当大臣は、日本共産党・塩川鉄也議員の「高齢者のワクチン接種が7月末までに終わる根拠はあるのか」という質問に対して

「ワクチン接種を前倒しするのは、国民全体の願いではないか」

 と応えた。要は、根拠はないということだ。

 国民全体の願いなのは、当たり前である。私だって明日国民全員のワクチン接種が終わってくれればこれほど嬉しいことはない。しかし、根拠なき楽観的な願望と、しっかりとした根拠のある予測は、分けなくてはいけない。

 菅義偉首相にせよ、河野大臣にせよ、西村大臣にせよ、残念ながら政府からは、「ここまでには確実にこうなる」という確定したスケジュールは出てこない。

 オリンピックという数兆円を投じた巨大イベントに関してすら、やるかやらないか、どのような形でやるのかについてはっきりした発言がない。

 おぼろげに意思決定がなされ、おぼろげな根拠で国が発信する国で、大臣が「おぼろげに浮かんできた」と発言したのだから、むしろ小泉大臣は正直と言えるかもしれない。

 初代ゴジラから約60年後、ゴジラシリーズの最新作、映画『シン・ゴジラ』では、長谷川博己演じる矢口蘭堂官房副長官が、こう語る。

「先の戦争では旧日本軍の希望的観測、机上の空論、こうあってほしいという発想にしがみついたために国民に300万人以上の犠牲者が出ています。根拠のない楽観は禁物です。」

 今や、虚構たる映画の政府のほうが、現実の政府よりもしっかりとした根拠を持って発言しているようにすら見える。『シン・ゴジラ』の政府も、特に有能な政府として描かれていないにも関わらず、だ。

 残念ながら、小泉大臣の発言からも分かる通り、今の政府からは希望的観測と机上の空論と、根拠のない楽観以上の発言を見出すことは難しい。

 我々に出来ることはなにか。それは、ワイドショーで大臣の発言を聞くのではなく、多くの議員が根拠を持って政府の楽観性を追求している、国会を見ることである。

 『シン・ゴジラ』のキャッチコピーは「虚構vs現実」だった。令和の国会もまさに「虚構vs現実」となっているのではないだろうか。

 3度目の緊急事態をめぐる質疑を聞きながら、そう感じざるを得なかった。

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