ふかわりょうへ賠償命令 「1円裁判礼賛」で性暴力をネタ化してしまうことの危うさ

文=雪代すみれ
【この記事のキーワード】
ふかわりょうへ賠償命令 「1円裁判礼賛」で性暴力をネタ化してしまうことの危うさの画像1

GettyImagesより

 タレントの岡本夏生氏が、お笑い芸人のふかわりょう氏から、共演したトークイベントにて無理やりキスをされたとして、損害賠償を求めていた訴訟の判決が4月27日にあった。

 報道によると、2016年4月、二人が共演したイベントのステージ上で、ふかわ氏が上半身裸になり岡本氏を押し倒し、無理やり3回もキスをしたという。

 ふかわ氏は「観客を笑わせるためのキス芸だった」と主張していたが、東京地裁は<一方的かつ暴力的><暴力的なキスで、芸とはかけ離れている>と判断。精神的苦痛への損害賠償として、ふかわ氏が80万円支払う義務があるとしたものの、岡本氏の請求通り、1円の賠償を命じた。

 片方が「演出上のため」だと考えていても、同意のないキスは相手に精神的苦痛を与える行為であると裁判で正式に認められた。「ふざけたつもり」「盛り上げるつもり」といった言い分も通用しないということだ。

ドラマや映画でもあった「台本にないキス」

 これまでも芸能界での「台本にないキス」は物議を醸してきた。

 最近では、連続テレビ小説『おちょやん』(NHK)にて、ディレクターが、主演の杉咲花氏から夫役である成田凌氏に「台本にないキス」をするよう提案したことが番組公式サイトで明かされ、「セクハラかつパワハラ」「モラルを疑う」など、批判的な意見が噴出した。

『おちょやん』、成田凌に同意なしのキスで物議 「キスシーンは毎回傷つく」と明かした俳優も

 連続テレビ小説『おちょやん』(NHK)の公式Twitterの投稿が、物議を醸している。 3月19日、公式Twitterは主演・杉咲花による第15週…

ふかわりょうへ賠償命令 「1円裁判礼賛」で性暴力をネタ化してしまうことの危うさの画像1
ふかわりょうへ賠償命令 「1円裁判礼賛」で性暴力をネタ化してしまうことの危うさの画像2 ウェジー 2021.03.22

 また、昨年10月に行われた映画『十二単衣を着た悪魔』の完成披露試写会でも、黒木瞳監督の指示によって、伊藤健太郎氏から伊藤沙莉氏への台本にないキスシーンが行われたことが判明し、不快感を示す声が散見された。

黒木瞳から伊藤健太郎への「キス」指示はセクハラ? 「#me too」に沈黙した日本の芸能界

 11月公開の映画『十二単衣を着た悪魔』の完成披露報告会が10月20日に東京都内で行われ、出演者の伊藤健太郎や三吉彩花、伊藤沙莉、監督を務めた黒木瞳らが…

ふかわりょうへ賠償命令 「1円裁判礼賛」で性暴力をネタ化してしまうことの危うさの画像3
ふかわりょうへ賠償命令 「1円裁判礼賛」で性暴力をネタ化してしまうことの危うさの画像2 ウェジー 2020.10.23

 ほかにも昨年9月放送の『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)では、ゲスト出演した鈴木杏氏が、12年前に出演した舞台にて、吉田鋼太郎氏に軽くキスをするシーンがあったが、ある日の本番で鈴木氏がキスをしたところ、吉田氏がディープキスを返してきたことがあったと打ち明けた。

 なお、鈴木氏が「なぜ舌を入れたのか」問いただしたところ、吉田氏は<なんか日常的に(キスを)してたら、そういう日もあるかな>と平然と答えたそうだ。鈴木氏は怒りを露わにしていたものの<(吉田氏とは)信頼関係があるので、別にそれで嫌いとかにはならない>とのことであったが、視聴者からは「職権濫用」「セクハラ」など、否定的な意見が目立った。

非公開: 吉田鋼太郎が仲間由紀恵に“台本にないキス”「したかったから」 鈴木杏から「なぜ舌を入れたのか」「頭おかしい」と非難も

 俳優・吉田鋼太郎が12月21日の『ごごナマ』(NHK)にゲスト出演したが、「台本にないキス」について言及する場面があり、物議を醸している。 番組で…

ふかわりょうへ賠償命令 「1円裁判礼賛」で性暴力をネタ化してしまうことの危うさの画像5
ふかわりょうへ賠償命令 「1円裁判礼賛」で性暴力をネタ化してしまうことの危うさの画像2 ウェジー 2020.12.24

 また数年前には、女性芸人に対してタレントが突然キスをするという場面も少なくなかった。

 たとえば、2017年2月、映画『素晴らしきかな、人生』の公開記念イベントでの出来事だ。このイベントには歌手・松崎しげる氏と、お笑いコンビ・相席スタートの山﨑ケイ氏が出席。バレンタインデー直前の時期ということで、松崎氏の似顔絵を描いたチョコレートが山﨑氏から渡された。すると、松崎氏は<バレンタインといったらバレンタイン・キッスですよね>と山﨑氏に話を振り、自分の頬にキスをするよう促した。

 山﨑氏は「えっ、いいんですか?」と言い、松崎氏の頬にキスをしようとするが、顔が近づいたところで、松崎氏が自分の顔の向きを変え、山﨑氏の口にキス。山﨑氏は「えっ! ウソ~!」と驚きつつも嫌そうな態度は見せなかったが、その様子がYouTubeで配信されると、コメント欄には「最低」「引いた」「ケイちゃんかわいそう」など、「同意のないキス」を見せられた人たちが不快感を露わにしていた。

 今でも時折、芸人同士による罰ゲームのような形でキスをさせる笑いは存在しているが、演者の中にも嫌だと感じている人はいるだろうし、最近では、昔はウケていた「人を傷つけるような笑い」に、視聴者が抵抗感を示すことも珍しくなくなっている。

清廉潔白を求められる性暴力被害者

 岡本夏生氏とふかわりょう氏の話に戻そう。本件については、岡本氏の賠償請求金額が1円だったことが注目を集めており、ネット上では「ウケるw」「ネタなのかな」などゴシップのように消費する声も少なくない。

 だが、岡本氏は無理やりキスをされたことで精神的な苦痛を受けており、決して笑える話ではない。自分がされたことが不当な行為であったことを示すために、訴訟をしたのだろう。

 また、当該イベントの前に岡本氏とふかわ氏の間でトラブルがあったことや、当日も揉めていたという報道があったことから「ふかわ氏だけが責められるのは納得がいかない」との声もある。

 しかし、相手の行動に問題があるからといって、性暴力をしていい理由にはならない。イベント前にトラブルがあったことと、無理やりキスをしたことは、別々に判断されるべきことであり、相殺されるものではない。

 一方で、訴訟の目的が金銭的な請求ではなかったことから「お金目的でないことを示していて尊敬する」「名誉のために訴訟するのかっこいい」と称賛の声も少なくない。

 しかし、裁判では損害賠償として80万円支払う義務があると判断されており、本来、岡本氏は精神的苦痛を受けた分の賠償を受け取る権利がある。

 第三者が金銭的な請求をしない性暴力被害者を礼賛することは、これまで声をあげた性暴力被害者に「お金目当て」「売名」といったセカンドレイプが投げつけられてきたこと(今回も岡本氏に対して「売名」というセカンドレイプは見られる)と表裏一体ではないか。

 どう訴えるかは個人の自由であり、岡本氏のような金銭的な目的のない訴えを尊重するしながらも、今後、性暴力被害者が損害賠償を請求しにくい空気を作らないよう、気を付ける必要があるだろう。

 性暴力被害者は被害の瞬間だけでなく、その後何年も影響を受け続けることがある。2021年3月に公表された「男女間における暴力に関する調査」では、無理やり性交等をされた経験がある人のうち、被害後に生活上の変化があったと答えた人は66.2%だった。

 具体的には「加害者や被害時の状況を思い出させるようなことがきっかけで、被害を受けたときの感覚がよみがえる」「自分に自信がなくなった」「夜、眠れなくなった」といった回答が見られた。

 被害によって心身ともに影響を受け、被害に遭う以前の生活を送れなくなる人もいることを知れば、セカンドレイプがいかに被害者を傷つける行為であるか、想像できるのではないか。

「ふかわりょうへ賠償命令 「1円裁判礼賛」で性暴力をネタ化してしまうことの危うさ」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。