
©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films
近年、劣悪な労働条件や低賃金が原因で、失踪する技能実習生や留学生が増加の一途を辿っている。彼らの中には多額の手数料をブローカーに支払っているため、100万円を超える借金を抱えて来日する人も多い。そうした問題が分かっていながらも日本政府は、安価な労働力を求めて外国人の受け入れを拡大し、彼らの人権を守る適切な「移民政策」も一向に打ち立てない。
5月1日より公開される『海辺の彼女たち』は、そんな日本政府が生み出した“嘘と欺瞞”を突きつける映画だ。ベトナムから来た3人の女性たち、アン、ニュー、フォンは日本で技能実習生として3カ月働いていたが、劣悪な職場から脱走を図り、雪深い港町で不法就労する。パスポートや在留カードを取り上げられた彼女たちは、日本社会では“存在しない”に等しい……。
本作のメガホンをとったのは、前作『僕の帰る場所』(2018)で在日ミャンマー人の移民問題と家族を描き、東京国際映画祭「アジアの未来部門」でグランプリを受賞した藤元明緒監督。外国人労働者への綿密な取材をもとに本作を作り上げたという監督に、映画制作から技能実習生をとりまく現実と日本映画界の現状まで話を聞いた。

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技能実習生からのSOSメッセージで始まった映画
―この映画の着想は、監督が外国人労働者の女性からSOSのメッセージを受け取ったことから始まったと聞きました。
2016年にフェイスブック上でミャンマー人の日本渡航に向けたページを、ミャンマー人の妻と一緒に趣味で作りましたが、そこへSOSのメッセージが来ました。
観光地や観光ビザの取得方法などを案内したミャンマー語のメディアはあまりないことから、ミャンマー人からたくさんメールが来るようになっていたんです。
そのメールのひとつに、技能実習生のミャンマー人女性から「職場へ行ってみたら契約条件とまったく違う。早朝から深夜まで農場で働かされ、残業代ももらえない。逃げようかどうしようか迷っている」というSOSのメッセージがあったんです。
―モチーフとなった女性はミャンマー人だったけれども、映画ではベトナム人という設定に変えたのですね。
そのミャンマー人の女性に出会ったのは2016年でした。そこで、自分なりに色々と調べたところ、実習生が職場から逃げて不法在留してしまうと、もう僕らにも助けられなくなると知りました。「いまは辛いけど、自分がなんとかするまでもう少し頑張って下さい」と伝えて、支援機関に彼女を支えてくれるようにお願いしたのですが、実はその機関が僕との約束を破って彼女のサポートをしてくれなかったんです。
結局、彼女は職場から失踪してしまい、連絡がとれなくなりました。その後、彼女がどうしているのかとても気になっていました。
それから、ニュースでベトナム人の技能実習生の苦境を何度も目にするたびに、「ここまでして日本に残る理由は何だろう」と疑問を抱き、物語をつくろうと思いました。

藤元明緒監督(編集部撮影)
借金漬けで来日する実習生たち
―映画のベトナム人女性たちも不法労働を斡旋するブローカーを頼り、失踪してしまいます。受け入れ先の企業は、明らかに違法行為をしているのに、なぜ、彼らは支援組織や警察に助けを求められないのでしょうか?
様々な技能実習生を取材したのですが、彼らは誰かに相談してしまうと受け入れ先から解雇され、帰国が避けられなくなると信じ込んでいます。
実習生になるために、渡航費用やブローカー費用を借金してきた彼らが借金を返す前に帰国してしまうと、借金を背負ってくれた家族にも迷惑をかける。だから、借金を返すまで帰国はできない。日本にいるのも地獄、自分の国に帰るのも地獄……。でも残業代を払ってくれない職場にい続けても借金が返せません。だから逃げてしまう。
―3人の女性たちが、不法就労で得た給料からブローカーにお金を払い、家族に仕送りもするシーンがあります。技能実習生のなかには、不法労働に従事せずとも借金を返せる人はいるのでしょうか?
賃金をきちんと払う企業もあるので、在留できる5年の間に借金を返し、なおかつ家族に仕送りできる人もいますが、大変な苦労だそうです。
僕の妻は実習生ではなく、留学生として来日しましたが、学生をしながら中華レストランで働き、借金を返すのに3年以上もかかりました。殆どの場合、最低賃金しか支払われないので、仕送りや貯金どころか、借金を返すだけで精一杯の人も多く、せっかく日本に来たのにプラスマイナス・ゼロになったという話もよく聞きます。
―ハノイなどベトナムの大都市では、SNS上で日本の搾取構造が既に明らかになっていて、日本へ行きたがらない若者も増えていると聞いています。
不法労働を通してかなり稼いだ実習生や留学生も皆無ではなく、そういった人が祖国の村で豪邸を建て、それを見た村の若者が憧れて日本に行く……というケースもありますが、そういう例は非常に少ないと思います。
そもそも、日本で3年や5年の間働いてそんなに稼げるわけではない。それでもベトナムにいるより少しは稼げると、親に日本へ行かされる若者もいます。

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来日した途端パスポートを取り上げられる「声なき」実習生
―3人の女性の受け入れ先の会社が彼女たちのパスポートや在留カードを取り上げていたり、不法労働先の日本人漁師が「強制送還をするぞ」と脅したりするシーンが出てきますが、そういった行為はよくあるのですか?
ひどいパワハラや暴力も珍しくありません。実習生の身分証明書を取り上げるのは完全に違法だし、受け入れ先には強制送還する権限もないのに、実際に取材した実習生のなかには、日本に到着した途端、空港でパスポートを取り上げられた人も少なからずいました。
―女性たちに不法労働を斡旋するベトナム人のダンが出てきますが、こういったベトナム人のブローカーにも取材されたのでしょうか?
ブローカー自身にはさすがに取材させてもらえなかったので、ブローカーに近い方に取材して、彼ならばどう行動するかを想像して脚本を書きました。
―日本国内にいるベトナム人のブローカーには元留学生が多いとか。借金を背負って来日したとすれば、彼らもある意味、犠牲者ですよね。映画でもブローカーのダンは単に搾取する側としては描かれていません。
ブローカーにならざるを得なかった事情もあるかもしれないし、ブローカーにはブローカーの人生がある……。だから、ブローカーを悪人としてキャラクター化したくなかったんです。

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失踪する技能実習生や留学生を支援するには……?
―日本国内の管理団体のなかには、外国の送り出し機関から実習生や留学生ひとりあたりにキックバックを受け取る団体もあるそうですね。しかも、管理団体を監督する機関「外国人技能実習機構」は官僚の天下り先ともなっている。もはや国絡みの搾取構造になっているような気がします。
違法性は以前よりも厳しく監視されるようになりましたし、悪質な送り出し機関やブローカーを排除する、優良な管理団体や受け入れ先企業も多数あります。ですが、国にもっと介入してほしい。日本政府が送り出し機関や管理団体と連携して、受け入れ先の情報や労働条件を実習生や留学生としっかりと共有するべきだと思います。
とはいえ、どんなよい制度にも必ず抜け道があり、問題は起こる。ただ、問題が起きたときに、国がどうカバーできるのか? そういった支援制度をもっと充実してほしいですね。
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