
Getty Imagesより
●ダースレイダーの「小学生からやり直せ」(第4回)
菅義偉総理大臣が訪米し、バイデン米大統領と会談した。「大統領就任後、ホワイトハウスを訪れる初の外国首脳」というポジションが日本の首相に与えられた事で官邸もさぞ気合が入った事だろう。安倍晋三前首相はトランプ大統領就任前に訪米したことが話題となったが、菅首相も負けてはいない。
日本人は初モノが好き。初がつお、とはよく言うものの、菅首相が国内で泳がしていたのはマンボウ(まん防)だったわけだが。
菅首相率いる官邸がこだわった点は幾つかある。まず一番乗りは果たせた。次に大事なのは会食だ。何事もまずはご飯を食べてから始めなきゃいけない。官邸はこんなふうに思ったのだろうか。
「ご飯行こうよ! ご飯一緒に食べたってことは…ねえ? そりゃ先に進んでも断らないでしょ。どうする? なにはともあれご飯だ。で、まあ仲良くなったら大概こんな会話になるでしょ?」
「ねえ、なんて呼べばいいの?」
「みんなからはなんて呼ばれてるの?」
先代の日本の首相と米大統領はシンゾー、ドナルドの仲だ。ここで忘れてはいけない。菅首相は「みんなから」はこう呼ばれていると自覚しているはずだ。「ガースーです」。こう呼んでもらうのが一歩目なのではないでしょうか? 菅首相特有の言葉使いにこの「〜ではないでしょうか」という不思議な問いかけ話法がある。これも最初から炸裂させてこそ相互理解が成立するというものだ。
ところが計算通りにはいかない。日本側は最後まで会食にこだわったようだが実現しなかった。
そもそも今、世界はパンデミックの最中だ。菅首相が訪問した時もホワイトハウスは窓を開けて換気をしていたくらいで、バイデン大統領は国内では家族以外との食事は控えるよう訴えている。
今回、日本側の人数はスタッフも含めて80名ほどで通常よりはかなり絞っているようだが、そんな大所帯で訪れて「ご飯食べましょう!」と言われても今、どんな時期だか分かっているのか?という話だ。
政治家の行動は全てがメッセージだ。日本側は会食を共にすることで親密さをアピールしたかったのだろうが、米国側は今そんなメッセージを出すわけにはいかないと考えた。当然だ。「いやいや、日本では政治家もガンガン銀座訪問するし! 厚労省の役人も23人集まって深夜まで送別会やるし、そこで感染者も出てるんで大丈夫です!」とは言えなかっただろう。
でも、そんなにお腹が減っているならと米国からハンバーガーが提供された。バイデン大統領は二重マスクで最初から食べる気もない。ここにズレがある。
日本では共に食事をするという半径5メートル内の関係になって初めて本音トークが出来ると思い込んでいる節があるが、米国側はそんな私的関係ではなく、実務とメッセージ性を考えている。
「ヨシ&ジョー」の薄ら寒さ
お互いの呼称へのこだわりもそうだ。ファーストネームで呼び合って親密さをアピールするという私的な関係性の強調は実務とは全く関係ない。ヨシ&ジョーという表面的な呼称で本当の友情が生まれた、と思えるのは本当の友達をつくったことがない人だけだろう。
もしバイデン大統領が本当の友達なら「五輪開催に向けて努力する菅総理を支持する」などというスタンスは取らないはずだ。これは意訳すれば「え? ヨシ、お前こんな状況で五輪やるの? マジで? すごいね! いやぁ、頑張ってよ! 応援するよ。うちはちょっと行けるかわかんないけどさ」といったところだろう。
本当の友達なら万難を廃して選手団を送るか、パンデミック下でそんな大規模イベントをやるのは辞めた方が良いと真剣に忠告したはずだ。
だがバイデン氏の対応は普通だ。初対面でいきなり友達になれるはずもないし、国家の首脳同士で友情を育む必要もない。そうした感情論や精神論ではなく、互いに背負う国民、そして国家の理念と実利を第一に行動するのみだ。
東京五輪にこだわるのも日本側の都合に過ぎない。米国の関心が完全に中国にあるのは同時期にケリー大統領特使を訪中させ、こちらが本番とばかりに開催した気候サミットに習近平国家主席が出席した流れからもわかる。
「人権問題での制裁発動」と「気候変動への協力要請」で厳しく対中交渉を進める米国に対して、日本側は「台湾海峡の平和と安定の重要性」という用語を使って中国を怒らせない程度に米国の要求を飲むギリギリのラインを保つことには成功した。これは外務省の手腕と言えよう。共同声明は事務方により事前に丁寧に積み上げられた内容だったと思われる。
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