新型コロナ後遺症としての「精神症状」が注目されない理由は?

文=みわよしこ
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「原因と症状を切り分ける」という試みが無茶振りである理由

 メンタルヘルス症状の診断は、医師が本人の様子を観察しつつ、経緯や現在の状況を聞き取り、症状を確認することによって行われる。

 「うつ状態」「躁状態」「妄想幻覚状態」「不眠」「過眠」といった症状の診断は、原因や経緯と無関係に行うことが可能だ。特に米国精神医学会が作成している「精神疾患の診断・統計マニュアル (DSM)」は、1980年のDSM-III以来、原因と症状を明確に切り離し、確実に分類するスタンスを取っている。DSMは、日本でも1980年代後半から普及し、現在はICD(国際疾病分類)と併用されることが多い。

 もっとも、原因を完全に無視すると治療に支障をきたす場面がある。たとえば「覚せい剤でハイになって躁状態」「糖尿病の影響によるナルコレプシー(突然眠くなる過眠症の1タイプ)」の患者に対し、覚醒剤や糖尿病を無視して「躁状態を落ち着かせる」「眠くならないようにする」という治療を行っても、効果は期待できないだろう。DSMには「物質誘発性双極性障害」「2型糖尿病を伴うナルコレプシー」といった項目が用意されている。

 災害被災や暴力被害も、精神症状の引き金になりうる。虐待やDVを経験した人々に広く見られる症状は、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と総称される。この場合、含まれる症状である「うつ」「不眠」「解離」といったメンタルヘルス症状に個別対応しても、おそらく治療実績は上がらない。メンタルヘルス症状の源流にあるトラウマ経験そのものや、その経験による傷つきにフォーカスした治療が必要になるだろう。

 そもそも、DSMは「診断・統計マニュアル」であり、ICDは「分類」である。「統計や分類だから、治療とは関係ない」というわけではないのだが、治療を主目的として行う診断そのものというわけでもない。とはいえ、統計には統計なりの重要性がある。確実な統計処理のためには、判断や分類が人によってブレない必要性もある。その結果は、個人の治療に還元される可能性もある。「辛いのは私なんだから、統計や分類なんか知ったことか」というわけには行かない。

 新型コロナ感染症に話を戻そう。厄介なのは、1人の人間に多様な原因による多様な症状が重なりうるところだ。「うつ状態」という1つの症状に注目するだけでも、原因には、少なくとも「まだ感染していない状態での恐怖や不安が原因」「感染したが新型コロナウイルス感染症とは無関係な原因」「新型コロナ感染症そのものが原因」の3通りがありうる。

新型コロナ感染症と関連したメンタルヘルス症状の「ややこしさ」

 新型コロナ感染症には多様な症状が含まれている。さらに、感染しない人々にまで何らかの症状を引き起こすことがある。メンタルヘルス症状の中でも、いわゆる「コロナうつ」は、感染していない患者にまで引き起こされる症状の代表例であろう。

 新型コロナウイルスに感染していなくても、うつや不安や不眠は引き起こされうる。ストレスから飲酒量が増えれば、アルコールに関連した症状も起こりうる。失職や減収によってメンタルヘルス症状が引き起こされることもある。身近な感染者が発見されれば、「もしや自分も」と不安になるのが自然である。

 実際に感染すると、発熱や呼吸困難などの身体症状そのもの、診断や治療が確実に受けられるかどうか不明な状況、ホテル療養での「隔離メシ」のまずさ、治療そのもののストレス、今後への不安、その他、新型コロナ感染症と関係したあらゆるものごとがメンタルヘルスを悪化させうる。無事に治癒して職場復帰した後も、身体に後遺症が残っていれば、発症以前の日常や職業生活の負荷がメンタルヘルスを悪化させうる。幸いに後遺症が皆無という場合も、「将来のいつ、どういう後遺症が起きるのか」という不安からは解放されそうにない。

 新型コロナ感染症の後遺症としてのメンタルヘルス症状には、「気が変になりそう」な状況や環境からもたらされるものと、脳や神経の微小な変化からもたらされるものの両者が入り混じることになる。理想は「身体に残った影響に注意しつつ、その解明と除去を図りつつ、メンタルヘルス面の症状や苦しさの治療を行う」という方向性であろう。しかし、新型コロナウイルスの身体に及ぼす影響が充分に解明されないうちに、次から次へと変異種が現れる。

 現在の「第4波」で感染拡大が懸念されている変異種「N501Y」は、感染力が強く重症化しやすい。ウイルスは、他の生物に寄生することによって生き延び、繁殖している。「感染しやすい上に宿主を死なせやすい」という方向性は、ウイルス自身にとっての生存の可能性を狭める。しかし、そのような「常識外れ」の変異種が実際に現れ、猛威をふるっている以上、常識外れの症状や後遺症は次から次へと現れ続けるだろう。メンタルヘルス症状も例外ではないはずだ。

常識外れすぎるウイルスに、精神論は通じない

 一市民として出来ることは、うがい・手洗い・マスク着用、ソーシャルディスタンスの維持といったことに留まる。口や指先から言葉を発する時には、「気の持ちよう」「病は気から」「あなたの日頃の心がけ」といった表現の使用を避けることが有効かもしれない。

 相手は、あまりにも常識外れすぎるウイルスだ。人間の「常識」は一切通じない。まずは、自らと周囲の人々のメンタルヘルスを悪化させず、できれば向上させるように心がけたいものだ。求められているのは精神論ではなく、具体的な「悪化させない」「向上させる」方法論と、小さな効果計測の継続だ。

 常識外れのウイルスが心と身体にもたらす常識外れの影響に対処できる医療は、少なくとも、「最寄り駅すぐそばのメンタルクリニック」といった手近な場所には存在しない。それどころか、現在の日本には存在しないと言ってよい。しかし、そういう医療が至るところに存在する近未来をイメージすることくらいは、許されるだろう。その時、医療サイドでは誰が何を提供するのだろうか。そういう医療が維持できる政治とは、どのようなものだろうか。そして、どういう選択をすれば、その政治を実現できるのだろうか。

 地元議会から国政まで、関心を向け続けることは、多くの人々に可能であるはずだ。西暦2000年からの1000年間は、未知の感染症との闘いが続くと予測されている。この先を見据えて、今後数年間の地域の政治を「少しでもマシ」にすることは、大げさに言えば人類史への貢献だ。

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