具体策ないまま掲げた「脱炭素社会」「CO2削減目標46%」が日本経済にもたらす大きすぎる影響

文=斎藤満
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Getty Imagesより

米国追随か先頭に立つか

 コロナ対策とともに菅義偉政権がにわかに打ち出した「脱炭素」戦略はすでに世界の潮流になり、各業界も早期の対応を迫られています。

 しかし、化石燃料依存型から脱炭素エネルギー・システムに移行するにあたり、生産、流通、消費など各段階での新たな設備のために必要な投資は、世界全体で数兆ドル規模にもなると言われます。したがって、これの進め方いかんでは、これが巨大なビジネスチャンスにもなりますが、逆に大きなコストにもなります。

 日本も例外ではありません。個人消費に占めるエネルギー関連支出の割合は、低所得層ほど大きくなり、コスト高となった場合のしわ寄せは低所得者に来ます。脱炭素化が国民経済に吉と出るか凶と出るか、十分な青写真の下での戦略対応ができるかどうかにかかっています。

 脱炭素化の潮流の背後には米国のバイデン政権があり、米国がイニシアチブをとっていることは間違いありません。かつて民主党のゴア元副大統領が映画『不都合な真実』(2006年)で地球温暖化の危機を訴えて以来の流れがあります。

 トランプ前大統領はこれを否定し、一旦は中断した流れが、民主党のバイデン政権誕生で改めて前進しようとしています。その力が菅政権の脱炭素戦略を後押ししていると見られます。米国はこの問題ですでに先頭を走っていて、表向きは地球環境保護、温暖化防止となっていますが、その一方で温室効果ガスの排出権ビジネスなど、米国資本は着実にこれを利益の源泉にしつつあります。

 経済的な側面でみると、主導者に「創業者利益」のようなものが生じやすくなります。前述の排出権ビジネスのみならず、米国やEUでは「国境炭素税」の構想も動き始めました。これは地球温暖化対策が不十分な国からの輸入品には事実上の関税を付加するものです。

 これに乗り遅れた国は「国境炭素税」というコストを払うことになります。例えば、中国の対応が遅れているとされた場合、日本企業が中国で生産した製品を輸出する際に、この国境炭素税が「関税」の形で課せられます。こうした構想においては、先頭を走るものと追随するものとでは、利益を得るかコスト負担を強いられるかの明暗が分かれます。

自らの青写真が必要

 その点、日本はエネルギー生産から自動車、化学分野など、幅広い分野で化石燃料を利用して成長してきました。政権が突然、時限を切って「脱炭素」と言っても、経済構造、産業構造が大きく変わる一大事です。ガソリン車を電気自動車(EV)に変えれば済む話ではありません。

 日本はガソリン車で高い技術が世界から評価されたこともあって、なかなか電気自動車への転換に踏み切れませんでした。そもそも、ガソリン車では多くの部品点数が必要で、愛知県や埼玉県には自動車関連の企業がピラミッドのようにすそ野を広げ、企業城下町を形成しているところが少なくありません。自動車関連の生産は、製造業の約2割を占め、輸出では2割を超えています。

 部品点数が少なくて済む電気自動車にシフトすれば、こうした下請け企業、部品メーカーは立ちいかなくなります。皆が電池メーカー、半導体メーカーに鞍替えできるわけではありません。自動車関連だけでも、淘汰される企業が大量に発生します。電池の生産でも、もともと小型のリチウム電池では日本が先行していたものの、今や中国や欧州にシェアを奪われています。

 EVにシフトするにしても当面はガソリンスタンドと充電スタンドが必要になりますが、今の日本ではこの充電体制がほとんどできていません。米国のバイデン政権は今回2兆ドル規模のインフラ投資計画で、このEV化に伴う充電スタンドの設置に大金を充てています。設置した充電スタンドに電気を送るシステムも必要ですが、これにも政策面から資金をつぎ込んでいます。

 日本はまだこの青写真ができていません。家庭の電源で充電するのか、街の充電スタンドで充電するのか、その際の充電時間の短縮をどう進めるのか、まだ絵ができていません。旅の途中、充電スタンドで2時間も待つわけにはいきません。10分、15分の高速充電が必要で、それを何百メートル間隔で設置するのかも検討が必要です。

 その電気をどう作るのか。石炭火力発電で作った電気を使うわけにはいきません。ソーラー発電、風力発電など、再生可能エネルギーへのシフトが考えられていますが、火力発電からすべて代替することは不可能とされ、2割強は原発に依存せざるを得ないと言います。しかし、福島原発の事故処理にめどが立たない中で、古い原発の再稼働には不安の声が上がっています。

 ガソリン車からEVにシフトするだけでも大きな青写真が必要ですが、エネルギー生産も含めて、どういう絵を描くのかまだコンセンサスができていません。

 自動車用の電気エネルギーが車に取り付けた太陽光パネルで完結できるか、個体電池1つで走行時に動力エネルギーを電気変換したり、常温超電導でエネルギーロスをなくせば、充電スタンドの必要度も低下できます。

 つまり、時限を区切って脱炭素を進めるなら、2050年の脱炭素社会の総合ビジョンを国民に示し、それを2035年までにどこまで進めるのか、段階的な青写真の提示が必要です。これができれば、そこを目指して様々な技術開発も誘発されます。電池1つで充電の必要のないEVができれば、スタンドはいりません。

 一家に一台、パラボラ・アンテナで電磁波エネルギーを採取し、家庭用に変換できれば、電力生産は大幅に減じられ、原発に依存しなくても済むかもしれません。日本の科学技術を結集して、2050年に目指すべき「脱炭素社会」の絵を描き、国民に諮るところから出発する必要があります。

素人集団による予算の無駄を排除

 その点、日本での不安を挙げれば、予算をつくる人にもそれをチェックする人にも、専門家が少なく、予算の根拠となる技術的価値、難易度などの基礎知識がないまま予算が通ってしまうことです。その結果、民間企業に丸投げとなって大きな中間マージンを抜かれ、無駄な予算が組まれかねません。

 実際、コロナ感染拡大防止の大きな柱と期待された「濃厚接触者感知アプリ(COCOA)」も、全く機能しないまま、カネの無駄遣いとなりました。そのコスト負担は結局国民に転嫁されます。予算について議論する段階から、政府に近いお友達ではなく、各分野の専門家を交え、その価値とコスト、難易度を理解したうえで予算の作成、実行にあたる必要があります。

 1案件に数千億円の「委託料」を払って一部企業に利益を与えながら、効果の上がらなかったコロナ支援策をみても、今の体制ではお金だけかけて何も進まないリスクが懸念されます。直接利害にかかわる業界人ではなく、まずは科学分野の専門家を核とした部会で絵を描き、業界も交えた実情調査を重ねたうえで予算の作成に当たる必要があります。場当たり的な予算編成は許されません。

(斎藤満)

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