借金苦の男女間格差と、自己責任社会のゆくえ―『サラ金の歴史』著者・小島庸平さんインタビュー(後編)

文=柳瀬徹
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写真:西村尚己/アフロ

 今年2月の刊行から多くの賛辞を集める『サラ金の歴史』(中公新書)の著者、小島庸平さん(東京大学大学院准教授)へのインタビュー前編では、サラ金の成立や創業者たちが抱いた初志、高度成長期の急成長など、おもにサラ金の「正」の側面について話を聞いた。

サラ金は社会起業から生まれた?―『サラ金の歴史』著者・小島庸平さんインタビュー(前編)

 めっぽう面白い。が、読み進めるうちにいたたまれない感情が募り、いつの間にか重い問いを突きつけられている。今年2月に刊行された小島庸平『サラ金の歴史』(…

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借金苦の男女間格差と、自己責任社会のゆくえ―『サラ金の歴史』著者・小島庸平さんインタビュー(後編)の画像2 ウェジー 2021.05.17

 後編では、経済の浮沈に翻弄されたサラ金が引き起こした悲劇や、悲劇を少なくするための法改正により生じた男女間格差の拡大など、サラ金現象の「負」の側面を明らかにしつつ、お金と人との関係について考察してもらった。

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小島庸平(こじま·ようへい)
1982年東京都生まれ、東京大学大学院経済学研究科准教授。2011年、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士(農学)。東京農業大学国際食料情報学部助教などを経て現職。著書に『大恐慌期における日本農村社会の再編成』(ナカニシャ出版、2020年。日経・経済図書文化賞受賞)、共著に『昭和史講義2』(ちくま新書、2016年)、『戦後日本の地域金融』(日本経済評論社、2019年)など。

社会問題化するサラ金

 1970年代初頭、日本経済の高度成長は減速し、安定成長期へと移行する。経済の潮目は、サラ金に2つの変化をもたらした。

 第1の変化は、企業の資金需要が減少したことだ。融資先のなくなった銀行は、禁じ手とみなされていたサラ金業者への融資に注力していく。常に資金不足に悩んでいたサラ金にとっては、渡りに船だった。

 第2の変化は、貸し付ける相手だ。賃金の低迷により、自腹を切ってまで接待しなくなったサラリーマンに代わって、生活費を借入で穴埋めしたい主婦が、ふたたび有力な融資先として浮上した。しかし団地金融の前例を見ても、収入の小さな主婦に融資をすることは、当然ながらリスクを伴う。それでもサラ金各社は「100%融資」を目標に、審査基準をどんどん緩和し、貸し倒れリスクを事業規模でカバーする方針を取った。

 サラ金各社の考えたリスク低減策は、スケールメリットだけではない。ブラックリストなどの信用情報も業者間で共有化され、返済能力のない借り手はどの業者からも拒絶された。

 さらに、最悪のケースである「債務者の自殺」にも対策がなされた。各社は「団体信用生命保険(団信)」を導入し、借り手に加入を義務付けた。これにより、契約者が死去するか、あるいは重度の障害を負った場合は、保険会社から金融業者に残債を支払われるため、自殺はサラ金にとってはリスクではなくなった。

 団信の導入はサラ金各社にリスク回避策だけでなく、回収に手間をかけるよりも債務者を自殺に追い込むほうが合理的でありうる状況をももたらした。こうして、サラ金各社の融資競争は借り手の生命を担保にするまでに、無軌道に激化していく。

 1970年代後半から80年代初頭にかけて、高金利・過剰融資・過剰取り立ての「サラ金三悪」は、大きな社会問題となる。『サラ金の歴史』では、借金苦から家出した主婦の手記が引用されている。

〈暗くなるのを待って、なんべんも家の近くまで行きました。こんな不祥事をおこして家を出たわたしが、二度とあなたや子供達の前に姿を現してはいけない事もわかっています。夜になり、七時、七時三○分、八時と時間がたつにつれて、どんなテレビを見ているのかなあ、九時になると、もうねたかなあと思うだけで、涙があふれてとまりません。

これもみな自分が悪いのだと思うばかりです(…)こんなわたしなんか、妻として、母親として資格なんかないのです。みんなのそばにいない方がいいのです〉(第5章「サラ金で借りる人・働く人――サラ金パニックから冬の時代へ」)

 家出や失踪だけではなく、自殺や一家心中までもが頻発し、世間のサラ金に対するイメージはこの時期に固定された。陰惨な証言の数々は、それを読み解く小島さんの心にも影を落とした。

小島:この本では当事者へのインタビューを行わず、あくまでも資料を網羅的に分析する「文献史学」の手法に徹しました。その第一の理由は中立性を確保し、債権者にも債務者にも肩入れしないようにするためだったのですが、正直に言えば債務者やその家族に会って話を聞く作業を続けたら、自分の心がもたないだろうとも思ったんです。

 精神的に追い込まれていたのは債務者だけではなく、取り立てる側、つまりはサラ金の社員たちも同様だった。良心を金に換える仕事と割り切り、素の自分を捨てこわもての取り立て役を演じてみせる。返済に苦しむ顧客は、自業自得だと切り捨てるほかなかった。精神を壊したサラ金社員も少なくない。

 自業自得、つまり借金苦は自己責任であるという価値観は、債務者やその家族もまた内面化していた。自殺で債務を整理した男性の妻は、夫の死について「ありがたかったです」「潔くて勇気のある人でした」と取材に答えている。

 その後、1983年に上限金利を109.5%から40.004%まで引き下げる「貸金業規制法」が成立したことを契機に、経営が苦しくなったサラ金各社は次々とメガバンクの融資を受け、人事面でも銀行側から取締役を迎えるなど、銀行を中心とした金融システムに組み込まれていく。さらに88年の「バーゼル合意」により、貸付金に対する自己資本の比率を一定水準で維持しなくてはならなくなった銀行業界は、小口だが利ざやの大きい消費者ローンに注力し始める。

小島:資本自由化が進み、外国銀行も含めた競争が激化し、その反面で大口の融資先が少なくなっていくなかで、銀行がサラ金を融資先に選んでしまったことが、苛烈な競争を後ろから煽ることになったことは事実です。ある地方銀行の頭取だった方にインタビューした際、「ノンバンクへの融資は地方銀行に求められる社会的役割ではない。だから絶対に融資しなかった」とおっしゃっていました。そのような経営判断もありえたはずだと思います。

 資金力を得たサラ金各社は、バブル期から90年代にかけて大きく躍進していく。自動契約機を置いた無人店舗がロードサイドに並び、民法各局も相次いでサラ金CMに門戸を開いていった。若年層や女性層の利用者も増え、世界の長者番付にサラ金経営者の名前が並ぶなど、サラ金はついに栄華を極める。だが、それは長くは続かなかった。

 95年に戦後初めて3%を超えた完全失業率は2002年まで上昇を続け、サラ金各社は貸し倒れを回避するために審査基準を厳しくし始める。かつては「100%融資」を旗印に掲げていたサラ金でさえ借金ができなくなった多重債務者は、暴利を貪るヤミ金融から借入をし、サラ金の比ではない苛烈な取り立てに追い詰められることとなった。

 03年に改正された貸金業規制法は「ヤミ金対策法」とも呼ばれ、業者登録制度と高金利貸付への罰則が強化されたものの、これを機にオレオレ詐欺などの特殊詐欺に転身した者も少なくなかったという。組織体制など多くのノウハウもまた、ヤミ金から詐欺集団へと移植された。

借金とジェンダーギャップ

 03年の貸金業規制法改正で実現しなかった金利引下げは、06年の貸金業法改正により成立した。出資法の上限金利が29.2%から20%に引き下げられたのと同時に、年収の3分の1を借入額の上限とする「総量規制」も導入された。

 この法改正はサラ金業界の再編を促し、08年にアコムが三菱東京UFJファイナンシャルグループの連結子会社となり、11年にはプロミスが三井住友ファイナンシャルグループの完全子会社となっている。

 さらに改正貸金業法では、収入のない専業主婦・主夫が借入をする際には、配偶者の同意書が必要とされた。主夫人口の少なさを考えれば事実上、専業主婦の借入を夫にチェックさせる制度といえる。

 団地金融の時代にも、80年前後のサラ金ショックの頃にも、借金苦にあえいだ無収入の主婦がいたことを考えれば、女性の借金苦への予防措置にも思えるが、小島さんは「男女差はむしろ巨大になっている」と指摘する。

小島:専業主婦がお金を借りにくくなったことで、「専業主婦でも借りられる」「夫にバレずに借りられる」などと謳った高金利のカードローンや、借金の見返りに性行為を求められる「ひととき融資」のようなアンダーグラウンドな融資までもが増加しています。

そもそも借金は、家族間でもオープンに話し合うことが難しいセンシティブな問題です。賃金や社会進出の面で男女間格差が強く残る社会で、国が国民に配偶者同意のような一種のパターナリズムを押し付ければどういうことが起こるのか。この点に限って言えば、あまりにも配慮が足りなかった法改正と言わざるを得ません。

 負債を生命保険で清算した夫は妻から「潔い」と称えられ、借金を抱えて家出した妻は、人知れずかつての我が家に灯りがともるのを見て涙を流した。この感覚は、おそらくはまだ過去のものではないはずだ。

 生活保護など公的扶助を受けることへの強い劣等感や羞恥心を考えてみても、21世紀になっても日本人の「お金」についての道徳観は、大きく変わってはいない。貸金業法の外側にある無法地帯は、人々の強い羞恥心があればこそ広がるのだろう。とりわけ経済的に不利な女性ほど、無法地帯に放置され、いつしか世間から忘れ去られているのかも知れない。

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