
GettyImagesより
写真、映像、芸術、報道、演劇、漫画、研究など、表現の現場で蔓延るハラスメントの調査が行われた。
『「表現の現場」ハラスメント⽩書 2021』によると、回答者1,449名のうち、「パワハラ経験がある」と回答した人が1,298名、 「セクハラ経験がある」と回答した人は1,161名にも上っている。また、具体的な被害内容も調査され、表現の現場特有のハラスメントが浮き彫りになってきたという。
本調査に協力した一般社団法人「社会調査支援機構チキラボ」の代表・荻上チキさんに、表現現場のハラスメントの実態について話を聞いた。
荻上チキ
評論家。「TBSラジオ:Session」パーソナリティ。NPO法人「ストップいじめ!ナビ」代表。「社会調査支援機構チキラボ」代表。著書に『みらいめがね』『災害支援手帖』『いじめを生む教室』『社会運動の戸惑い』『新犯罪論』など。
指導やレッスンの場で生じる権威勾配
——まず、表現の現場で行われているハラスメントにはどのような特徴がありますか。
荻上チキさん(以下、荻上):全体的なことですと、指導的な関係性から権威勾配が生じる点です。表現の現場では、自身の内面をさらけ出すことが善とされていて、指導者がその表現を評価しますが、評価の客観的指標が共有されているわけではなく、時には指導者の癖や勘で変わります。
教育や指導という名目で行われたり、指導的地位を利用して行われるハラスメントは「レクチャリング・ハラスメント(レクハラ)」と呼んでいます。具体的には、指導の場での罵倒や人格否定、指導的立場を利用して性行為を迫る、ハラスメントを拒否すると報復として、指導放棄されるなどの例が報告されています。
また、ハラスメントを受けた場からの離脱が難しいことも特徴です。例えば、会社でハラスメント被害に遭った場合、会社を変えれば関係性がリセットされることが多いですが、表現の現場では業界を離れないと加害者と接触を避けられない場合も少なくない。つまりそれは、業界からの引退や「干される」ことを意味します。
一方で、小説や漫画ではレッスンが少ないので、指導によるハラスメントは他のジャンルよりも少なくなります。ですが、漫画であっても、アシスタントがチームのリーダーや漫画家からハラスメントを受けたという事例や、編集者との打ち合わせで、作品の出版を対価に性的関係を迫られるといった、地位関係性を利用したハラスメントは起きています。
——白書では「テクスチュアル・ハラスメント(テクハラ)」といった言葉も出てきました。
荻上:テクハラは、作家のジョアナ・ラスが提唱した概念で、作品の評価時の嫌がらせ行為や論評時の中傷のことを言います。具体的には「女性だから評価された」「色目を使ったんだろう」「女性なのにすごい」「苦労が足りない」といったものが該当し、ジェンダーハラスメントと重なる部分もあります。
——今回は、仕事の場だけでなく教育機関で行われている、表現の分野のアカデミック・ハラスメント(アカハラ)も対象にされていますよね。調査ではどういったことが明らかになりましたか。
荻上:やはり指導的地位を利用したハラスメントと、業界継続性による逆らいがたさですね。アカハラの対策も、まだまだ不十分です。大学などでは、ハラスメントが起きたときに調査委員会を設置することが義務化されていないうえ、法的な責務の範囲が狭く、教育機関へのペナルティは弱いと感じます。
ただ、企業と異なる点は、文科省が私立の私学助成金を交付しており、国公立においては国費が使われているため、文科省が説明責任を求めやすくなっています。例えば、2018年に発覚した医療系の大学における女性・浪人生の差別でも、文科省は報告書の提出を求めていました。許認可権を持っている機関が指導も行っていることには、良し悪しがあるのですが、個別に大学を名指ししての介入もあり得る。
ここまで、労働や教育機関でのハラスメントについて言及しましたが、どちらからもこぼれ落ちている分野があります。それは専門学校や予備校、塾、教室など、消費者としてお金を払って技術を学ぶような「習い事」の場です。売り手から買い手への行動での問題については、今まで景品表示法や、食品表示義務などの議論はされてきたものの、消費者に対するハラスメント履歴の開示については、議論がありません。消費者はお金を払っているうえ、搾取されるという構図があるので、透明性の確保が必要です。
昨今、ようやくスポーツ分野のハラスメントや体罰が注目されるようになりましたが、企業内や友人間で行われれば「ハラスメント」や「いじめ」になっている言動が、習い事の現場では、今も「しごき」や「かわいがり」、「愛の鞭」といった言葉で誤魔化され続けています。
フリーランスはパワハラ防止法の対象外 法的保護の必要性
——2019年に成立したパワハラ防止法では、フリーランスは保護の対象外になりました。やはり法で規定があるのとないのとでは違いがあるのでしょうか。
荻上:パワハラ防止法は、企業側にパワハラ防止措置を義務付け、パワハラ事案への対応も求めるもの。しかし、罰則規定が設けられていないため、制限としては弱いという問題点もあります。
なおかつ、就活ハラスメントやフリーランスへのハラスメントは法的保護の対象になっていないので、トラブルが生じたときにどう解決されるかが考慮されていません。法的保護の対象になっていないということは、予算がつかず啓発も後回しになりますし、相談機関でも相談者として想定されにくいということです。現状では、フリーランスはケア・啓発・法的闘争など、様々な点から存在が見込まれていないので、企業に在籍する人とは対応が異なってしまいます。
また、これまで企業の中でのハラスメント実態調査や、厚生労働省の調査では分野ごとの調査が行われていましたが、フリーランスには焦点が当たっていませんでした。表現の現場にはフリーランスとして働く人が多く、今回の調査でも回答者の半分以上がフリーランスです。
——白書の中では「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」についても言及していますよね。ただ、発注側にガイドラインを遵守しないデメリットや行政からの指導が入らなければ、広めることは難しいと思います。受注側は発注者側よりも立場が弱いことが多く、発注者に対して「ガイドラインを守ってください」とも言いにくいですよね。白書では立法についても触れていますが、どこまで踏み込んだ内容が必要だと考えていますか。
荻上:白書の中でも笠置裕亮弁護士が解説しているように、ガイドラインだけでは不十分でというのは、調査チームでも一致した意見です。不当契約やハラスメントがあったときに、外部機関から実名が公表されるなど、何かしらのペナルティがなければ、隠蔽する動きが働いてしまいます。企業外からの告発でも、適切な対応を義務化する、実行力・拘束力のある法律の建付けが必要です。
——法的保護は重要だと思う一方で、フリーランスの中には「契約書がない方がやりやすい」と言う人もいます。契約書なしのやり方で慣れてしまっていると、堅い契約手続きは導入が難しいと思うのですが、法的保護と簡易性が両立できる可能性はありますか。
荻上:「『メールで企画書を送り、報酬や納期を確認する』といったプロセスが残っている場合、契約が発生したとみなす」など、紙の契約書以外でも、法的裏付けを生じさせる規定が必要だと考えます。
事務作業が苦手な方もいるので、様式通りの契約書対応を全員に義務付けることは現実的でないと感じています。また、例えば1時間のインタビュー記事の仕事で契約書が必要となると、「フリーランスに仕事を依頼すると手間がかかる」とフリーランスの仕事が減ってしまうリスクもあります。そのため、オンライン契約書を用いたり、場合によっては、メールのみの簡易的な方法でも契約として認めたり、選択肢がある状況にすることが大事です。
被害者であって、加害者でもある
——今回の調査では、自身の加害経験について問う項目があることが特徴的だと感じました。加害経験の項目を入れた理由についてお伺いします。
荻上:本調査では、「被害に気付いたタイミング」について調査した結果、「他の事件が問題になっていることを知って」「フェミニズム的視点を得たこと」「#MeToo運動がきっかけになっている」という回答が多く見られました。被害に気付くタイミングがあるなら、加害経験について気付くタイミングもあると考え、調査項目に入れました。
また、加害者がどんなことを考えているのか、何が気付きをもたらしたのかを、加害者視点でも明らかにしたかったという思いもあります。集計したわけではないものの、「他の人の被害例を聞いたときに、自分も同じことをしていると気付いた」「自身がされて『嫌』だと感じたことを、自分もやってしまったことがある」といった回答が寄せられました。
加害経験から、被害・加害のバリエーションがより広く確保できますし、被害者が書けなくとも加害者から報告があれば対処すべきパターンの一つとして認識もできます。
当然、被害には苦しさがありますが、逆に自身の加害行為に気付いたときにも居心地の悪さが生じます。過去の加害経験に気付いたときには取り返しがつかないですし、仮に相手に謝罪できたとしても、なかったことにはならない。ハラスメント問題について解決したい人は、どこかで加害経験についても聞いてほしいのではないかと考えたこともあり、調査項目に入れました。
——加害経験について問うことは、社会的にどのような効果があると考えますか。
荻上:「自分も被害者だった」と気付くだけでなく、「自分も加害者だった」という居心地の悪さを受け止め、直ちになんとかできるわけではなくとも、「もうしません」という学びになります。あるいは潜在的に加害可能性があることに気付かせたり、「気を付けよう」と思わせたりする効果もあると考えています。
ただ、今回はスノーボール調査(調査対象者のネットワークを介して調査対象者を抽
出していく⽅法)で調査を行ったのですが、このアンケートに回答してる時点で、ハラスメント問題への意識や自覚がある人たちなので、回答者にバイアスがあるとは考えています。
——今回、『「表現の現場」ハラスメント⽩書 2021』を拝見し荻上さんのお話を聞く限り、率直に「道のりは長い」と感じました……。
荻上:そうですね。ただ、被害者の間では「ハラスメントをしやすい状況を変えなくては」という空気感があり、「ミソジニー(女性蔑視)」や「ホモソーシャル」といった言葉を使って説明する人もいました。
現場の実態として改善されているかはわかりませんが、ハラスメントに対する知識や気付きを持っている人は以前より増加したと感じます。
※表現の現場調査団のホームページはこちら