
写真:代表撮影/ロイター/アフロ
■連載「議会は踊る」
「日本はこの程度の『さざ波』。これで五輪中止とかいうと笑笑」という発言が、さざなみではなく大波となって世論を飲み込んでいる。
発言をしたのは高橋洋一・内閣官房参与。内閣官房参与とは、「優れた識見を有する」方を内閣総理大臣が直接任命するものとなっている。2014年〜2020年にかけて鶏卵業者から現金を受け取っていた西川公也元農水大臣が務めていたポストでもある。
その「さざ波」発言を巡って、まさに今日(5月13日)、国会が紛糾している。
高橋洋一氏の招致を求めた立憲民主党・日本共産党に対し、与党理事が招致を拒否。更に、議論の中で立憲民主党・森山浩行議員が加藤勝信官房長官に詳細の説明を求めたところ、本人のSNSでの発言と官房長官の認識が異なる部分があり、官房長官は高橋内閣官房参与の発言について「わからない」を連発。
立憲民主党・日本共産党の野党2党が退席することとなった結果として、いわゆる「空回し」……つまり、本来審議するはずだった時間、野党が出席しないまま、時間だけが計測される形になった。税金の無駄である。
「さざ波」発言で審議拒否するのか、と野党を批判する向きもある。実際、自民党側の理事である牧原秀樹議員は「職務放棄」と2党を批判している。
しかし、高橋洋一氏は内閣官房参与である。内閣官房参与はアドバイザー、企業で言えば顧問や相談役だ。政府が緊急事態宣言を発出しているのにも関わらず、内閣官房参与が現在の感染状況を「さざ波」と認識していることは、単に政局として捉えるだけではなく深刻に憂慮すべき問題だ。
政局に囚われすぎると、牧原氏のように「さざ波」発言が問題かどうかということを語ることがなくなり、対立軸だけで物事を捉えるようになるが、それは事の本質からあまりに離れている(そもそも、政局としても、空回しせず休憩して理事会を開いて協議すればいいだけの話なのだが)。
高橋氏はアドバイザーである。つまり、首相に対してご自身の見識に基づいて、「コロナはさざ波ですよ」とアドバイスしている。言うなれば、オリンピックを開催するという首相の判断に、多少なりとも影響を与えているということである。
つまり、政権の「さざ波」発言に対し、何ら問題視しない姿勢を見れば、むしろ、政府がこれを追認しているのではないか、と考えられる。
実は、これを裏付けるような報道が出ている。自治体によっては7月末までの完了を目標としている高齢者のワクチン接種が間に合わないという報告を受け、菅義偉首相が「ショックだった」と述べているのだ。
「さざ波」と述べるアドバイザーが留任し、ごく常識的な報告(自治体の声を聞けばすぐに分かることだし、国会でも何度も指摘されていた)に「ショック」と述べる。これは、奸臣の甘言を信じて現実を見ようとしなかった中国の暗君に通じるものがあるのではないか。
官邸は今物事を正確に把握できているのだろうか。私は疑問に思う。
政府は今月14日、緊急事態宣言の対象区域に北海道、広島、岡山を追加した。感染者数の急増を考えれば、これ自体は正しい判断だろう。しかし、午前中の専門家らによる基本的対処方針分科会まで、政府は追加しない方針を固めていた。
専門家がしっかりと政府方針を修正したこと、政府がしっかりとそれを受け止めて方針変更したことは、重ねて評価されてしかるべきだろう。しかし問題は、専門家の判断と真逆の判断を政府がしていたということだ。政府内では未だ「さざ波派」が主流なのではないかという疑念が拭えないのである。
政府は公式には、今の感染状況を深刻に捉えている。しかし、本当のところはどうなのだろう。
医療体制の危機を訴えていた日本医師会の中川俊男会長は、自民党・自見はなこ議員の政治資金パーティーに出席していた。菅首相は、すでに前知事となった森田健作氏と会談し、「(五輪)やるでしょ」「おお、やるよ」という、ゴルフの日程調整のような間抜けなやり取りをしていた。
私が危惧しているのはこういうことだ。内閣総理大臣たる菅義偉氏は、「本音」ではコロナを大したことだとは思っていないのではないか。
しかし「建前」では、コロナは重要なことだと言わざるを得ない。この「本音と建前」の板挟みにあい、政策は迷走する。なぜなら「建前」としてのコロナ対策を行うためには「形だけ」「数字だけ」整っていればいいからだ。
こうして考えていくと、高橋洋一氏が内閣官房参与から罷免されない理由はよく分かる。高橋氏は、コロナがさざ波と思っている内閣総理大臣からすれば「本音を言ってくれる」貴重な人材であり、むしろ高橋氏の発言に「よく言ってくれた」と快哉を叫んでいるのだ。いや、むしろ、オリンピックを開催するためには「さざ波」でなくてはいけない。そうであるはずなのだ、という心の支えになってすらいる可能性がある。
上記のことは単なる推測であり、できれば私としては、総理大臣は本気で危機感を持っていると思いたいところだ。しかし、そうすると、「さざ波」などと述べる人間が政府のアドバイザーに留まり続ける論理的理由が全く見つからない。
かの名探偵シャーロック・ホームズは「白面の兵士」において「全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても、それが真実となる」という名言を残した。「総理はコロナ感染状況をさざ波だと考えている、あるいは考えたいと思っている」というのは、極めて不可解な仮説であるが、他の仮説を消去していくと、論理的に達することが出来る唯一の仮説である。