読者の傾向も明らかに
この出来事をつづっているファンたちのブログを見ると、「皆のエネルギーが一体となった」「こんな体験を共有させてもらえて感動」みたいなノリ。いやそれ、一体となったのは「エネルギー」じゃなく、あなた様たちのお金でしょーよ。そして願ったから実現するのではなく、教祖たちはきちんと仕掛けと予算を入念に準備しているから実現するのですよ……。そういった現実的な側面には触れず、フワッフワしたかわいい部分だけにしか目を向けない、引き寄せ劇場。同書はいわば公式本ですから滅多なことは描けないし描くつもりもないでしょうけど、美化が過ぎてもはや陳腐です。
注目人物のサクセスストーリーを、いいところだけ切り取って無理矢理まとめるコミカライズは本来、ティーン向け。この作品を読んですぐに思い出しのたは、華原朋美が原作を担当し「自分の思いを漫画で伝えた」という作品『ショウビズ』(華原朋美原作・小学館)でした。小室哲哉との破局後である2001年に、デビューから休業までを漫画で語ったものです(一応フィクションという体にはなっている)。実際は「売れないタレントだった華原にプロデューサーの小室が目をつけて歌手に育て、一時は恋人関係を楽しむものの、飽きて不誠実に切り捨てた」というのが大まかな事実でしょうが、漫画ではこう描かれます。
普通の女子高生がカラオケボックスで偶然超有名さわやかイケメンプロデューサーに見そめられちゃった! 私たちの共鳴がはじまる……! 誠実な彼とのあいだに愛も生まれ、ひそやかに関係を深めて幸せいっぱいだけど、忙しさですれ違い、最後は彼の庇護から卒業することを決心し、決意の渡米。ふたりは別れるけれど、お前の夢は俺の夢……俺たちの夢に乾杯! 希望を胸に旅立つ機内で、ファンたちにむけてシーユーアゲイン!
「空に顔!」(この漫画では機内)「俺たちの戦いはこれからだ!」的なテンプレまで含め、子どもだましと言いたくなる薄っす~い内容です。小室サイドも立てつつ、アイドルのイメージを傷つけずとなれば、これくらいが限界だったのでしょうけど。同作はファッション誌「プチセブン」掲載なので、ターゲットは夢みる10代(令和の10代はもう少し現実的なのかな)。一方、同テンションで描かれるHAPPY氏同人誌のターゲットは、ほぼほぼ成人女性。ここに、HAPPY氏が作り出す世界を感じられます。
夢見るだけでは終わらない
作中でHAPPY氏が自分の望みを再認識するシーンに「欲しかったのは、皆で夢中になれる青春」(アイドルに夢中になる群衆のようなイメージがさしこまれる)と出てきます。きっとこれは、そういう気持を抱える信者を集客するキーワード(もちろん本人の嗜好もあるでしょうが)。過去のイベント「シンデレラプロジェクト」では一般人をステージに上げ、アイドルグループや宝塚、アーティスト気分を味わえる豪華演出を行っています。そこに参加する人たちはきっと、人生、とりわけ青春時代にやり残してきたことがありすぎる人たちです。ヒエラルキー上位のリア充たちが盛り上がる中に入れない、劣等感や寂しさ。物語のような青春を送りたかった心残り。歳を重ねても心の奥底でくすぶる人生の後悔は、多かれ少なかれ誰にでもあるでしょう。
HAPPY氏は「引き寄せの法則」を武器に自分がその青春を体現することで皆の後悔をうまく引き出し、その気持ちを成仏させてあげるビジネスを展開しているのです。そして信者たちは成仏のため課金するだけでなく、精神年齢もティーンに引き戻され、現実的な考えは「エゴキンマン」というキャラで片づけられ、異世界の住人に。やがて疑う心をなくした無防備な状態で、教祖様の養分になっていく……。
「引き寄せの法則」周辺にはHAPPY氏だけではなく、胡散臭いものが星の数ほどあります(ある意味、宇宙)。「この精油を使うと波動が上がり、引き寄せしやすくなります」と謳うマルチ系アロマもあれば、認定講師やらヒーラーやらセッションなどが、百鬼夜行のごとくゾーロゾロ。大切なのは、気分! 望みを具現化! と文化祭気分で盛り上がって精神年齢も若返り、疑う気持ちをリセットされてやがて沼へと沈んでいく。キラキラかわいい同人誌から、そんな妄想をしてしまうのでした。
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