『女たち』が女優たちの“演技バトル”ほとばしる映画になった理由/奥山和由インタビュー

文=wezzy編集部
【この記事のキーワード】

『女たち』が女優たちの演技バトルほとばしる映画になった理由/奥山和由インタビューの画像5

ーー韓国映画・ドラマが世界中で高い人気・評価を得るなか、日本の実写映画は水をあけられてしまっています。その原因はどこにあると思われますか?

 いまの日本映画界には、明らかに作り手の「無力化」があると思います。

 たとえば、日本では『パラサイト 半地下の家族』(2019年)みたいなものも、『ミナリ』(2020年)みたいなものもつくれないでしょう。

 それはなぜかといえば、日本の映画の作り手たちが、ぶつかり合いを避けるからですよ。

ーーぶつかり合いですか。

 たとえば、『女たち』にコメントを寄せてくれた伊藤詩織さん。彼女の性被害告発をテーマに踏み込んで迫ったドキュメンタリー『Japan’s Secret Shame』(2018年6月放送/BBC)は大変話題になりましたけど、これをつくったのは日本ではなくイギリスのテレビ局だったわけじゃないですか。

 自分たちの国・社会で起きていることなのにも関わらず、そうした映画をつくらない──そもそもお上に楯突くと思われそうなものは企画会議の俎上にもあげない──その理由は、「権力への忖度の結果生じた表現媒体の自主検閲」だったりする。自由表現が強みの映画すら、です。

 こんなことは他の国ではあり得ないわでけすよ。2021年9月に日本公開が予定されているジョニー・デップ主演映画『MINAMATA』も本来なら日本人が発案すべきものです。

『女たち』が女優たちの演技バトルほとばしる映画になった理由/奥山和由インタビューの画像6

©「女たち」製作委員会

ーーそこが、韓国映画界と日本映画界の違いですか。

 韓国社会には、不正に対して命がけでぶつかっていく、良い意味で向こう見ずな“バカな作り手”がたくさんいるじゃないですか。

 国民性なのか、教育によるものなのかは分からないけれども、韓国の人たちは、庶民が権力に対して破れかぶれの主張をムチャクチャしますよね。人間としての根源に触れる主張は、たとえ強者を相手にしたとしてもゆずらない。その結果、向こうではちょくちょく政治家が吊るし上げられているわけです。

 一方、日本にはそういったところがないですよね。それどころか、「勝ち組・負け組」といった言葉が象徴するように、卑怯なことをしてでも勝つことをリアルな是とする価値観すらある。

 おいしい思いをするためには余計なことはせずに大人しくして社会に迎合し、権力には逆らわずに生きていった方がいい──日本ではそんな考え方があらゆる表現媒体をはじめ、社会全体に広がってしまった。

ーー本当にそうですね。

 主張することが合っているか間違っているかはともかく、忖度で押し込めたりせず、まずは世にきちんとした表現で発信すること。それが大事だと思います。

 もしも出した意見に対して反論の声が出てきたら、議論を戦わせればいい。そうやって切磋琢磨していくことで鍛えられ、「表現力」というものは育っていくんです。

 いまの日本の状況は、社会に対して問題提起を投げかけたり批判したりする主張がそもそも世に出ないから、それに対する反論も出て来なくて、議論も起きない。その結果として、どんどん表現力がなくなっている。無気力化していく。

 どうしたらこの状況を打破できるのか──そのためには、表現に関わる人間が、自分の身を守ることだけを考えるのはなく、自分はどう思っているのか、感じているのかをシンプルに主張するようにならないとダメなんだと思います。

(取材、構成:WEZZY編集部、撮影:細谷聡)

『女たち』
6月1日(火)TOHOシネマズシャンテ他全国公開!!
配給:シネメディア、チームオクヤマ

1 2

「『女たち』が女優たちの“演技バトル”ほとばしる映画になった理由/奥山和由インタビュー」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。