
パトリック・ハーランさん
アメリカ・コロラド州に生まれ育ち、ハーバード大学卒業後に来日してお笑い芸人となったパトリック・ハーラン氏。通称パックン。これまでにも数々の本を執筆してきた彼が、3月に『逆境力 貧乏で劣等感の塊だった僕が、あきらめずに前に進めた理由』(SBクリエイティブ)という、貧困を克服して育った自らの生い立ちをもとに、日本の貧困問題を取材した本を出版した。
その中にはパックンが、たくさんの人たちに助けられて育ったエピソードがある。「いつでも食べに来なさい」とパックンの分の夕食を作ってくれる家族、留守中でも入ってキッチンのものを好きに食べていいと鍵を開ける暗証番号を教えてくれる家族──そうした善意の人々は枚挙にいとまがない。
新聞配達をして生活費の手助けをし、新しい服も買えなかった少年が、ハーバード大学を卒業できた背景には、こうした人々からの支えがあった。生まれ育ちに関係なく、どんな子どもも夢と希望を持つことができる社会をつくるにはどうすればいいのか。パックンに話を聞いた。

パトリック・ハーラン
お笑い芸人。1970年生まれ。アメリカ・コロラド州出身。1993年にハーバード大学比較宗教学部を卒業し、同年に来日。1997年にお笑いコンビ・パックンマックンを結成した。現在はバラエティ番組のみならず、『報道1930』(BS TBS)など報道番組への出演も多い。主な著書に『ツカむ! 話術』『ハーバード流「聞く」技術』(ともにKADOKAWA)、『パックンの「伝え方・話し方」の教科書』(大和書房)などがある。
ーー『逆境力』の中には母子家庭のため不在がちな母に代わって近所の人たちがパックンのお世話をしてくれたエピソードが出てきますが、地域のつながりが薄い日本では難しいのかなと思いました。
そうかもしれません。しかし、アメリカでも僕がいろんな人からかわいがられたのは、もちろん僕という個体の愛らしさがあったからだとは思います!
それは冗談として……でも僕は昔から図々しいことを笑顔でできるんですよ。それで子どもの頃は近所の家族にお世話になれたし、日本に来てからも周りにお世話になれたと思う。
高校のときとか「ちょっとパソコン借りたい、ごめんね!」「深夜3時に返すから」みたいなことを平気で言えたんですよ。それで翌日に「ごめん! 悪かった、悪かった! でも助かった」って感謝すると、助けた側もなんか悪い気にならないんですよね。困っていることを恥ずかしく思うよりも、「困難な状況で頑張っている僕を応援してくれてありがとう」って心境になれたのがポイントかな。
日本では状況が違うのかもしれないけど、アメリカでは親が遠慮なく「お金がないので、うちの子の遠足代を出してくれる組織や人を知りませんか?」と聞けてしまう。
アメリカ社会には人の可能性を最大限に活かそうとするハングリー精神があるんですよね。裕福な家庭にもそうした考えが根付いているから、余裕があれば支援もする。
不思議な言い方だけど、助けたい人がいるなら助けさせてあげるべきだし、甘えてあげるべき。しかし努力は甘えずにすること。今甘えている自分もいつかは誰かを助ける立場になろう。それが連鎖していけば、罪悪感なしで甘えられるようになるはずです。もちろん、感謝を含め、丁寧な対応は忘れないでほしいんですけどね。
ハーバード大学ビジネススクール科の調べで「同額のお金を自分にかけるより、人にかけるほうが幸福度が上がる」という研究結果がでています。だから、あなたにお金をかけたい人がいるなら、かけさせてあげたほうが、かけたい人のためになることをぜひ忘れないでいただきたいです。
日本では、「困っている人に声をかけるのも迷惑なんじゃないか」と考えすぎているところはあるかなと思うんです。
たとえば、電車で席を譲ろうとしたら「俺はそんな年寄りじゃない!」なんて言われたらいやですよね。でも譲っているのは善意なんだから、受け入れても受け入れなくても構わないと割り切ったらどうでしょう?
逆に、言われる方は、善意を素直に受け取って、お互いに喜んだ方がいいじゃないかといつも思うんです。
お互い、変に気を使い過ぎてしまうところが日本社会のコミュニケーションのネックだと思います。「お子さんの面倒、いつでも見ますよ」って気軽に声を掛けてくれる人はいても、社交辞令かなと思い込んでしまう人もいるでしょうし。
もったいないですね。僕は社交辞令も全部真に受けることにしてるんですよ。「今度飲みに行こうよ」って言われたら「いつ?」って言いますから。そういう姿勢が逆にいろんな扉をこじ開けてきたなと思うんです。
もちろん気を使っていないわけではないですよ。僕が上下関係の厳しい芸能界になんとなく居続けられているのは、それなりに空気は読めてるからでしょう。
ーー逆境にあって、いつも前向きにいられた理由はなんなのでしょうか。
子どもの頃、うちはよくテレビが壊れていたんです。だからすごい数の本を読んだ。
だいたい冒険物が好きで、ラドヤード・キップリングの『ジャングル・ブック』『少年キム』、ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』とか、大好きだった。あの辺の本で、お金がないからグズグズして何もできないって言ってる主人公は一人もいないんですよ。
島流しされても強くなって帰って来て自分を陥れた体制を倒すとかね。それぐらい強い精神を持つ子が主人公で、「貧乏だから何もできない」っていう小説は思い浮かばない。
探せばもしかしたらあるかもしれないけど、やっぱり強い人が主人公になって読者を惹きつけるものが多いと思うんですよ。僕はそういう本を読むことによって、小説の主人公たちに憧れて前向きな気持ちを持つことができた。だから、テレビを消して……とは僕は立場上なかなか言えないけど、テレビ付けながら小説を読んで下さい。それでいいですから。
ーー今、パックンが貧困から抜け出せているのは、笑顔と読書のおかげなのですね。
そのふたつは大きいですよ。笑顔、読書と……あと、自虐。自分はすごいぞと思いながらも自分をいつでもこき下ろせる、腰の低さも大事です。
僕は『英語でしゃべらナイト』(NHK)の取材を通して、ハリウッドセレブを始め、いろんな人に会えたんだけど、みんな共通して腰が低い。すごく人がいいんですよね。
これは芸能人だけの話ではないです。日本で成功しているビジネスパーソンにも結構会っているんだけど、彼らもだいたい腰が低いし、こっちに興味を持って、本当に真剣に話を聞いてくれる。そういう姿勢だから成功しているのかなと思うんです。
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