「嘘はつかない、それは日本人の美徳」と、櫻井よしこは言った

文=早川タダノリ
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美しい日本の憲法をつくる国民の会ホームページより

日本人のつくり方(第7回)

 画面の中の櫻井よしこは、一語一語を区切りながら、頭をかすかに前後に揺らして語気を強め、視聴者にこう語りかけた。

菅首相は、おっしゃったことは実行するということで知られる、大変誠実な方でいらっしゃいます。地味ではありますけれども、嘘はつかない、それは日本人の美徳であります。日本の文化の一番の基本であります。

 2021年5月3日、改憲を呼号する団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が、オンライン公開フォーラム「この憲法で国家の危機を乗り越えられるのか!ー感染症・大地震・尖閣ー」を開催した。

 上記の言葉は、同会の共同代表の一人である櫻井よしこが、このフォーラムの「基調提言」として発言した中の一コマである。(櫻井よしこの「基調報告」は、全文を文字起こししたものが産経新聞社のサイトで公開されている→改憲フォーラム講演全文

 「嘘はつかない、それは日本人の美徳」と聞いたときには、大いに驚いた。「「クレタ人はいつも嘘をつく」とクレタ人が言った」という有名すぎるパラドックスがあるが、「嘘はつかない」もまた嘘つきの自己紹介として“あるある”ではないか。

「アメリカから見放される」という櫻井よしこの危機感

 この発言にいたる櫻井よしこの仕掛けはこうだ。

 4月16日の日米首脳会談で菅義偉首相が米バイデン大統領と会談した。その際に「台湾海峡の平和と安定にわが国はアメリカとともに力を尽くす」「日本国は防衛力を強くする」「日本国は日米同盟をさらに高い水準に引き上げるよう努力をする」と共同声明で決意を表明した。櫻井よしこはこのことを、「中国に対しても名指しできちんと人権問題などについて、物を申し」たと高く評価する。

 菅首相がアメリカで交わしてきた対中強硬姿勢の表明を、櫻井よしこは我が意を得たりとたいへん気に入ったようだ。5月3日の改憲フォーラムでの基調報告では、この菅の姿勢を「戦後の体制と決別するという決意表明に他ならない」と最大限に称賛したのだった。

 そのうえで櫻井よしこは、菅がアメリカで約束したことを守らないと、アメリカから・国際社会から見はなされるという脅しを忍びこませる。

言葉だけでは、済まないのです。国際社会に約束をしたのです。唯一の同盟国・米国に明言したのです。

もし首相の言葉が、言葉だけに終わったら、これは日本国という国は何なのだと米国から思われます。日米同盟の破綻につながるでしょう。もしくは米国はもう日本を相手にしなくなるでしょう。隣国は喜ぶかもしれない。そして世界はわが国に失望するでしょう。

 そのために、改憲せよ!というのが彼女の発言の結論であった。

「日本人の美徳」にイッちゃうのはどうして?

 このように見てくると、櫻井よしこの「嘘はつかない、それは日本人の美徳」発言は、彼女の意に沿うような中国に対する強硬的な態度表明を、アメリカでおこなってきた菅首相に対して〈その言葉をひっくりかえすなよ、言ったことはちゃんとやれよ〉と迫るために使われていることがわかる。

 この程度の念押しならば、「国際的な公約」であるとか「民主国家の政治家として発言に責任を取れ」といった迫り方でもよいはずだ。けれども櫻井よしこは「日本人の美徳」を持ち出すことの方を選択した。ここに彼女の独自性がある。

 そもそも「嘘はつかない、それは日本人の美徳であります」と言われても、直感的に「いやいや、嘘つきの日本人は多いでしょ」と誰もが思うに違いない。往々にして、そう宣言する方が嘘つきである場合が圧倒的に多いだろう。

 「あなたは嘘つきですか?」という日本列島全居住者アンケートにこれまでの人生で回答した覚えもないし、明らかにエビデンス皆無の俗流日本文化論にほかならない。

「日本人なら贅沢はできないはずだ」のロジック

 日中戦争期の1940(昭和15)年7月に施行された 七・七禁令(奢侈品等製造販売制限規則)を受けて、銃後体制づくりのための官製「国民精神総動員運動」を指導していた国民精神総動員本部は同月から全国一斉に「贅沢全廃運動」キャンペーンを開始した。有名な「ぜいたくは敵だ!」が登場したのはこの時だが、それと一緒に「日本人なら、ぜいたくは出来ない筈(はず)だ」というスローガンも、街頭のステッカー看板や新聞広告に登場した。

 このスローガンを翻訳すると、〈戦争で物資が必要なこの非常時に、よき日本人なら贅沢な消費生活はできないはずだ〉という意味だが、これはイコール「贅沢する者は日本人ではない」ということでもあった。

 「日本人ではない」……つまり〈非国民〉なのであって、大日本帝国という政治的共同体の構成員ではない!と、脅迫にも等しい強制力をもたせた言葉なのだった。

 しかし「日本人なら贅沢はできないはずだ」という言葉をよく吟味してみると、ここで言う「日本人」には〈非常時には国策のために贅沢をしないものだ〉ということが、なんの論証もなく前提とされていることがわかる。

 この不可解な前提は、この言葉を発した国民精神総動員本部が勝手につくりだした、「日本人」像・「日本人」基準から導きだされているものにほかならない。

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