HPVワクチンへの誤解を解きたい、子宮頸がんの犠牲者を減らしたい──専門医の訴え

文=和久井香菜子
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 子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)の副反応報道が過熱し、現在日本では接種対象の女性の接種率は0.6%(WHO推計)。オーストラリアが89%、アメリカが61%であることを考えると、驚異的な低さだ。

 医師の多くは、ワクチンが普及していれば撲滅できるはずの病気を回避できず多くの人ががんで苦しみ、亡くなっていく現状を歯がゆい思いで見つめてきた。

 そんななか、2021年4月9日「子宮の日」に掲載された新聞の1面広告が話題となった。HPVワクチンに関する誤解がもとで接種が進まない現状を憂い、HPVに関する情報を発信する「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」が出したものだ。

 ここで改めて、HPVワクチンとはなんなのか、副反応の心配はないのか。HPVに関する情報を発信する「みんパピ!」で副代表を務める医師・木下喬弘氏に話を聞いた。

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木下喬弘
医師・公衆衛生学修士(MPH)。2010年に大阪大学医学部を卒業後、大阪府内の救命救急センターを中心に医師として9年間の臨床経験を積む。2019年にハーバード公衆衛生大学院に留学。在学中に取り組んだ日本のHPV ワクチンに関する医療政策研究と啓発活動が評価され、2020年度ハーバード公衆衛生大学院卒業賞(Gareth M. Green Award)を受賞した。卒業後は米国で臨床研究に従事する傍ら、Twitterで幅広く科学に基づいた医療情報を発信している。

ーー日本ではなぜHPVワクチンの接種率が低いのでしょうか。

 まずは少しHPVワクチンの歴史をご説明しますね。

 HPVワクチンは2009年に2価が承認され、2011年に4価も承認されました。2価は2種類のウイルスに効果があるということ。4価なら4種類のウイルスに効果があるということです。

 2010年からは13〜16歳の女性はHPVワクチンを無料で打てるようになりました。とはいえこのときは定期接種ではなく、「自治体にお金を払って無料で打てるようにしましょう」という政策でした。その後、「これは子宮頸がんを防ぐ非常に重要なワクチンだ」ということで運動が盛んになり、2013年4月には定期接種になります。

 その1カ月ほど前、朝日新聞が「ワクチン接種のあと、手足が動かなくなって学校へ通えなくなった子がいる。自治体と交渉になっている」という記事を出しました。そこから事態は大きく変わります。

 他メディアも次々と後追いしていき、「ワクチンを打ったあとになにか神経の症状が出て車いすになり、痙攣している子が複数いる」といった情報をメディアが熱心に報じたんです。

 その結果、厚生労働省も国もかなり責められます。「製薬会社と一緒に危険なワクチンを売った」と言われて、同年6月に副反応検討部会という、ワクチンの安全性を評価する厚労相の審議会が行われたんです。その投票では、ワクチン推奨を賛成するが2票、推奨は反対するが3票となり、定期接種から外すほどではないが、よりデータが蓄積されるまでは積極的にお勧めするのはやめておきましょうと判断されました。

ーー危険かどうかは、どのように判断するのでしょうか。

 「有害事象」と「副反応」という言葉があります。ワクチンを打ったあとに体調不良になることを、有害事象というんです。それがワクチンのせいであろうとなかろうと、すべてです。

 有害事象のうち、ワクチンのせいで体調不良になることを副反応といいます。

 HPVワクチンの場合、ワクチン接種のせいで体調不良になったかどうかまでは確定できていません。ワクチンを打っても打たなくても、体調不良になる人はいます。ワクチン接種することで、特定の疾病になる確率が上がって初めてワクチンによる副反応の可能性が考えられます。

 とはいえ、有害事象はけっこう報告されているので、安全というデータが揃うまで一旦、積極的にお勧めするのはやめましょうとなりました。

 小6から高1までの女の子たちが無料で打てるワクチンという仕組みは変わらないのですが、他のワクチンと同じように通知をするなどして勧めるのはやめましょうというわけです。

ーーそういった経緯があったのですね。

 とはいえ、厚労省が「積極的な推奨は差し控える」という立場をとったことで、もう“危険”のお墨付きが出たようなものです。

 それが決め手になって、やはりあれは副反応だったんだと思った人がすごく多くなり、「危険なワクチンだ」と認識されて、一切打たれなくなりました。

 それまでは70%あった接種率が1年で1%未満になったのです。これはワクチン接種の歴史の中でも非常に珍しい事例として海外でも話題になっています。

ーーなぜワクチンの副反応を頑なに信じる人がいたのでしょうか。

 医者の対応も問題があったんです。患者さんにしてみたら、つらい症状はあるのに「それは副反応じゃない」などと寄り添ってもらえなかったり、「他国では起きていない」と言われたり。

 ひどいのだと、症状自体を否定する人もいたわけです。そうすると「自分はこんなに辛いのにわかってもらえない」と思いますよね。そこに「あなたの症状は副反応ですよ、これはワクチンのせいです。国からひどいことをされましたね」と共感してくれる医者が現れたら、その人にとってはヒーローのようになるわけです。

 そういうヒーローになった医者たちは、ステロイドパルス療法とか血漿効果といった治療をしているんですが、効果には疑問があります。だけど過激な治療をしてくれればくれるほど、患者さんやそのご家族は「私の症状は精神的なものではなくて、ワクチンのせいで起きたんだ」という確信を深めていってしまう。

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