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「アジア系」の最多受賞と『ノマドランド』のアメリカン・アイデンティティ
アメリカのここ一年ほどを振り返れば、「コロナ」と「人種差別」に揺れていた。ジョージ・フロイド事件以降再燃したブラック・ライヴズ・マター運動、アフリカ系に高い感染死者率が示すパンデミックをめぐる命の格差。大統領選にともないオンライン/オフラインで蔓延る陰謀論と白人至上主義。そして、アトランタの韓国系マッサージ店での銃乱射事件が象徴する、コロナを背景にしたアジア系への憎悪犯罪の顕在化。
アメリカ社会を映す鏡とも言われるアカデミー賞だが、こうした苦境に対峙する手がかりとなる作品が今年も揃った。昨年は『パラサイト』が外国語映画初の作品賞を取ったが、今年はアジア系に関連した作品が史上最多の受賞となり、加えてアジア系の受賞者が全て女性と、「アジア系」と「女性」が存在感を増した。
1980年代アメリカに移民した韓国人一家を自伝的に描いたリー・アイザック・チュン監督による『ミナリ』では、ユン・ユジョンが助演女優賞を獲得。『Judas and the Black Messiah』で歌曲賞を受賞したH.E.R.はフィリピン系のルーツを持つ。アニメーション監督を韓国出身のヤング・ラン・ノーが務めた『愛してると言っておくね』は、学校での銃乱射事件で娘を失ったアジア系夫妻の物語で、短編アニメ賞を受賞した。
特に『ノマドランド』は花形カテゴリーでトリプル受賞し、賞レースで最大のインパクトを放った。中国系のクロエ・ジャオは本作で監督賞を受賞。作品賞と監督賞を同時に受賞するのは「女性」としては史上二人目、「非白人」の「女性」では初となる。1982年北京に生まれた彼女は14歳でロンドンに拠点を移し、その後アメリカ西海岸で育った。主人公を演じたフランシス・マクドーマンドは、『ファーゴ』『スリー・ビルボード』に続き三度目の主演女優賞の快挙を遂げた。プロデューサーも務めた人物が主演女優賞を取ったのもまた、史上初だという。
「女性」「アジア系」という二点からだけみても、アメリカにおいて過少に評価されてきた存在を象徴するような作品である。本稿では本作について論じてみたい。前半では、作品が描くノマド現象について社会背景や歴史を補足しながら解説する。資本主義の現在形を「家」「仕事」「旅」の交差する地点から描くという点において本作は、伝統的な「アメリカらしさ」に溢れている。この意味でも、アメリカ映画の「中心」たるアカデミー賞らしい作品だ。
後半では、そのアメリカ的主題がジャオの映画の手法といかに邂逅しているのかを論じたい。本作は、“アメリカ的なるものの正統な担い手にもかかわらず、アメリカの中心とみなされない”というジレンマを描いた、アメリカが「周縁」化したアメリカ人の寓話なのである。
イエ(house/home) 型からはみだす「住まいと暮らし」
車上生活をしながら流浪するノマドの暮らしを選んだ現代アメリカ人の姿を描く本作は、「イエ」と「シゴト」そして「タビ」の物語だ。順に見ていこう。
ネバダ州にある石膏ボード製造業の関係者だけで構成されていた企業城下町エンパイアが、会社の倒産によって姿を消した。サブプライム住宅ローンの崩壊で建材需要が失われたのだ。
最後の日、「単なる石膏ボードではなくアメリカそのものを作っていた」と誇る熟練工カルビン・ライルは涙した。数日働けば1カ月の住居費になるほど住宅手当もよく、車の鍵をする必要もないほど街の治安も良かった。“帝国”という街の名が実在のものというのも驚きだが、“君主”なきいま、“従者”に与えられていた給与・インフラ・福祉は存在しないという過酷な現実がある。
主人公ファーンは、夫を亡くし、「家族」と「会社」という二つの所属コミュニティを失ったその折に、ノマド生活を選択する。車上生活を始め、知り合いにホームレスになったのかと訊かれて答える。「ハウスがないだけでホームはあるのよ。全然違うでしょ?」彼女は、自らの意思で“移動する居場所”を選んだのである。
ジャーナリストのジェシカ・ブルーダーによる原作本『ノマド』には、より現実的な側面も含め彼らの暮らしぶりが紹介されている。本書に出会ったジャオは、一世代目の移民としてアメリカで生きてきた自分の経験を加えて、舞台を「アメリカ西部」に絞って脚本化した。
ノマドたちはワーキャンパーなどとも呼ばれ、定住せず短期労働などでキャンプ場などを転々として暮らす。法的にはどこかに仮の住所を登録するため、統計的には把握が難しい。登録州で、免許の更新、税金や健康保険を払い、投票し陪審員も務める。トレーラーハウスに暮らす人については統計があるが、現アメリカ人口の6%にも及ぶ二千万人以上と言われる(固定車輌も含)。
アメリカには一種の伝統のように、様々に住まいを工夫する人々がいる。『ノマド』にも取り上げられる「アースシップ」のように、水・電気・ガスなどを全て自給自足で賄えるよう設計された家屋がある。Netflixオリジナルドキュメンタリー『タイニーハウス』が描いたように、近年は小さな家で暮らすミニマリストも増えた。
アメリカン・ドリームは1950年代に輝き始め、幸せな「家/庭(house/home)」を持つことはそれを「達成」する手段だった。この強すぎる「住まいと暮らし」への理念型からこぼれ落ち、矛盾を感じた人々が様々な住まいの実験を生んだ。これらは「はみだした」ものたちによるカウンター的なDIYの実践だ。ワーキャンパーの歴史は1930年代のトレーラーハウスブームにまでたどれるが、彼らは「住まい」と「移動」を一つにすることで、大恐慌が生んだ経済荒廃から逃れようした人々である。