
「GettyImages」より
昨今、医師から患者への性暴力が複数報道されている。昨年報じられた斉藤医院事件(一審懲役10年判決、控訴中)が代表的で、長年に渡る患者への卑劣な行為に衝撃を受けた人も多かっただろう。
今年2月には衆議院予算委員会にて、自民党の大岡敏孝議員によって<医師が診療と称して女性にわいせつな行為に及ぶ事例に法律は対応できているのか>との質問(※)が行われている。
※参照:3月1日「京都新聞」:https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/516854
今年5月に公開された「性犯罪に関する刑事法検討会」の取りまとめ報告書の中でも<医療機関の医療職や心理職,福祉施設職員と患者・利用者>といった性暴力における地位・関係性について言及されており、注目を集めている問題の一つだ。
医師による性暴力被害の特徴や、現在の法律・制度の問題点について、性暴力問題に詳しいらめーん弁護士に話を聞いた。
らめーん弁護士
2006年司法試験合格。2008年弁護士登録。第一東京弁護士会所属。第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会・委員。犯罪被害者支援弁護士フォーラム(略称VSフォーラム)会員。性暴力救援センター東京(SARC東京)支援弁護士・理事。一般社団法人Spring法律家チーム。著書(共著)に『ケーススタディ 被害者参加制度 損害賠償命令制度』(東京法令出版)、『犯罪被害者支援実務ハンドブック』(同)
医師による性暴力の相談は珍しくない
※以下、性暴力に関する具体的な描写が含まれます。
——医師による性暴力の実態についてお伺いします。
らめーん弁護士(以下、らめーん):医師による性犯罪が成立する場合、多くは「準強制わいせつ」に該当しています。と言うのも、医師による性犯罪は①意識不明or朦朧としている②治療と誤信させるの2パターンがほとんどであり、準強制わいせつ罪の要件「心神喪失」「抗拒不能」に該当するからです。
①については、患者は麻酔により、意識不明、もしくは朦朧としています。ただし、必ずしもわいせつ目的で麻酔を使用したわけではなく、治療のために本当に麻酔が必要で、そのうえでわいせつ行為をする場合もあります。また、整形での手術の際の被害相談では、局部麻酔で足りると思われるにもかかわらず、全身麻酔が行われていたケースもありました。
②については、昨年報じられた斉藤医院事件が当てはまります。30年前から患者に医療行為だと信じ込ませ、裸の写真を撮影したり、陰部を手指で広げる、肛門に異物を挿入するなど、わいせつ行為を繰り返していました。
最初の容疑が発覚して以降、被告人が保存していたデータからは複数の被害者の写真も見つかり、結果的に8人への強制わいせつ罪および準強制わいせつ罪、児童ポルノ禁止法違反などで起訴されました。
——らめーん弁護士のもとにも、医師による性暴力に関する相談はあるのでしょうか。
らめーん:相談をいただくこと自体は珍しくありません。ただ、多くの場合、立証が難しいのが実態です。なぜかと言うと、証拠がないことが多いためです。先ほどもお話したように、意識不明もしくは朦朧としている場合、わいせつ行為があったと証明するのが難しく、医師と患者が二人きりであれば、第三者の目撃証言もありません。逆に立件できるケースのほとんどは、加害者が写真を撮っているなど画像が証拠になっています。
もう一点、通報が遅れる傾向にあることも立件が難しい理由です。相談者からの話を聞いていると、自身がされた行為が医療とは関係ないわいせつ行為だと確証をもってすぐに通報できる方は非常に少ない印象です。また、初診でいきなり被害に遭うことは少なく、多くの場合、何度か診療し、関係性ができている中でわいせつ行為をされています。違和感を覚えつつも、「拒否したら治療を続けてもらえなくなるのでは」という不安から言い出せないケースもよくあります。
また、加害者が「同意があった」と主張しているうちに、被害者が諦めて音信不通になってしまう場合もあります。
治療が終わる、もしくは繰り返される加害行為に耐え切れず通院できなくなって、落ち着いて考えたときに「本当は治療ではなかったのではないか」との違和感が濃厚になる方が多いです。しかし、その時には、わいせつ行為から時間が経ってしまっているのがネックになり、立件してもらえないことがほとんどです。
ここで「わいせつ行為後すぐに通報すること」の大切さについて説明しておきます。「行為後すぐに通報する」ことは、加害者のDNAや、被害者の体内の薬物などの証拠保全のために重要です。
しかし、ほかにも重要な意義があります。「行為後すぐに通報した事実自体」に、「行為時に、その行為を嫌だと思っていたこと」すなわち「同意がなかったこと」を推認させる働きがあります。被害後、2~3日経って、シャワーを浴びたり、薬物が体内から排出される程度の時間が経過していても、この程度近い時期に通報していれば、「同意がなかったこと」を推認させる働きはありますから、諦めずに通報してほしいです。
証拠もなく、「行為後すぐの通報もない」と、加害者が「同意がありましたよ」「少なくとも同意があると思っていましたよ」と弁解した場合、この弁解が通ってしまう構造があります。
内閣府の「男女間における暴力に関する調査」では、無理やりに性交等をされた被害経験がある人のうち、約6割が誰にも相談しておらず、相談した人の中でも50%が被害に遭ってから相談まで1カ月以上かかっており、相談のハードルが高いことは、よくよく承知しています。それでもなお「できるだけ早く通報してください」と切にお願いします。
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